東北大学・東北大学萩友会
第24号(2011年1月)


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独創を生むには、理由がある!東北大学 ひと語録

東北大学萩友会 広報委員会委員
阿見孝雄(1969年 法学部卒)

《(研究を始めた理由)世の中の役に立つようなことをひとつくらいして死んでいきたい》

世界で一番服用されている奇跡の薬『スタチン』を発見

遠藤 章

えんどう・あきら 1933年(昭和8)秋田県生まれ。東北大学農学部卒。東北大学農学博士。三共発酵研究所にて青カビから血中コレステロール値を劇的に下げる物質「コンパクチン」を発見し、動物とヒトで強力な有効性を実証。「コンパクチン」から誕生した高脂血症治療薬『スタチン』は、世界で毎日3千万人を越す患者が服用する"奇跡の薬"。日本国際賞や米国最高の医学賞ラスカー賞などを受賞。秋田県名誉県民。

遠藤 章

2006年の一月早々のことです。この年の『日本国際賞』の受賞者の一人が遠藤章でした。東北大学農学部卒と新聞などで大きく報道されます。

ところが、そのニュースに接した東北大学関係者の当初の反応は鈍いように感じられました。『遠藤先生って誰? 』、『どんな業績? 』。このような受け止めかたが、大方の第一印象であったようです。その後次第に、「奇跡の高脂血症治療薬スタチンの発見者」としての世界的な業績が分かるにつれ、東北大学には一気に祝賀ムードが高まりました。出身大学の大学関係者ですら、思いの外その存在を良くは知らないでいたのです。

世界が瞠目する業績を挙げながら、日本では知られることの少ない研究者が、東北大学出身者には多いように感じるのはなぜなのでしょうか。ノーベル化学賞の田中耕一もそうでした。日本より外国でまず評価され、それから日本で認められる。これが、独創的で、世界の最先端を走る日本人研究者の残念な宿命なのかもしれません。しかし、卒業生の卓越した独創者が、社会からふさわしい評価を受けるため、母校の東北大学にもそのための支援体制が必要なのではないでしょうか。

さて、遠藤の業績を想像していただくには、『いま、世界で一番売れている薬の発見者で、その劇的な薬効の実証者でもある』と説明すれば、いかに人類に貢献している科学者かが納得していただけることでしょう。その薬『スタチン』は、青カビから発見した「コンパクチン」の強力な血中コレステロール低下作用の発見から生まれました。ここにくるまでに、遠藤は、6千株ものカビやキノコを一つずつ培養しては、コレステロール合成阻害剤を探すという地道な作業を行ないつづけます。いわばとても泥臭い、根気のいる研究です。ここでの成功の一つの鍵は、それまで生理活性物質探索の宝庫ともてはやされていた放線菌ではなく、昔から日本人の食生活に利用されていたカビやキノコをあえて探索の対象に選んだ卓見と勇気でしょう。

この選択は、当時の研究の流行にはまったく逆らう決断でした。カビやキノコを選ぶ。秋田の山村育ちの遠藤には子ども時代からなじみのあるものだったからです。

さらに、製薬会社『三共』でのそれまでの8年間を、カビとキノコが生産する酵素の研究をし、手なれていたからでもありました。とは言っても、気の遠くなるようなぼうだいな探索への挑戦です。遠藤は37歳の1971年春に、果敢にも新入社員1名と研究補助員2名のわずか4名で探索研究を始め、2年後の1973年夏に青カビから「コンパクチン」を発見したのです。

「コンパクチン」はコレステロール合成で最も重要な酵素「HMG-CoA還元酵素」を標的とする、コレステロール合成の強力な阻害剤でした。ところが、会社内の他の研究者が行った評価試験でラットの血中コレステロールが下がらなかったため開発が中止されてしまったのです。この結果に納得が行かなかった遠藤は、ラットに効かない原因を究明して、コレステロールが高い動物と患者には効くと推測。ついにニワトリとイヌで劇的なコレステロール低下作用を実証しました。

遠藤の必死の粘りが、あわやというところで「コンパクチン」を復活させたのです。

この後も実はいろいろの無理解と困難が次々に起こりますが、「コンパクチン」系統の薬剤(『スタチン』として総称)がついに誕生。高脂血症治療薬として、心筋梗塞や脳卒中などの血管障害性疾患の一次予防、二次予防にたちまちその声価を高めました。世界で3千万人を越す患者の特効薬となり、すでに数100万人以上の命を救ったといわれています。スタチン製剤の市場は日本円にして約3兆円にも達しています。遠藤の研究成果は、1985年のノーベル生理学・医学賞受賞者マイケル・S・ブラウン、ジョセフ・L・ゴールドスタインの「コレステロール代謝の調節に関する諸発見」にも決定的な影響を与えました。そして遠藤は、2008年に米国最高の医学賞『ラスカー賞』を受賞。臨床医学部門では日本人初の壮挙です。

遠藤は、子どものときに大きなやけどをします。医師のいない山村ですから、家族が懸命に介抱してくれました。その体験から、同じやけどから医師を目指した東北出身の野口英世博士を尊敬します。《人を助ける人になりたい。人の役に立ちたい》。この思いが強かった遠藤は、秋田の田舎の定時制高校に入学しますが、奨学資金を得、秋田市立高校(現在の秋田中央高校)に転校して勉学。東北大学農学部に進学します。

そして、人を助ける薬を創ることができるから、と製薬会社に就職したのでした。

この遠藤の思いは、「第二のペニシリン」と呼ばれる『スタチン』でみごとに実現したのです。

※ 文中敬称略、ルビ・カッコ内補注筆者。お子様などご家族にもお見せいただければ幸いです。
 当シリーズへの、ご意見、ご要望をお待ちいたします。

主な参考資料
▽『新薬スタチンの発見 コレステロールに挑む』 遠藤 章著 岩波科学ライブラリー 2006年 ▽『自然からの贈りもの 史上最大の新薬誕生』 遠藤 章著 メディカルレビュー社 2006年 ▽『世界で一番売れている薬』 山内喜美子著 小学館 2007年


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