[研究室からの手紙]

磁力で物体を浮かせる実験

本河 光博 = 文
text by Mitsuhiro Motokawa



非磁性の物質が持つ反磁性

 鉄に磁石を近づけると強い力で引きつけられることは、誰でも知っています。でも、ほんのわずかですが、水にも磁石の力が働くことをご存じでしょうか。しかも、それは磁石に対して反発する力です。水だけではなく、ガラスやプラスチック、あるいはセラミックスや木のようなものでさえ、一般に非磁性と思われている物質すべてにこの力は働きます。
 実をいうと驚くべきことに、この現象はすでに19世紀の半ば、イギリスのファラデーという人によって発見されていたのです。彼はこのような現象を反磁性と名づけました。しかしこの力はあまりにも小さいため通常は無視され、150年以上にわたって何ら関心を得ることなく今日まで来ました。
 とはいえ、もし非常に強い磁場が与えられたらどうでしょうか。水やガラスが磁石に反発するのが見えるだけでなく、もしその力が重力に打ち勝てばこのような物体を空中に浮かすことだって可能になります。そのためにとてつもない強い磁場が必要であることは、言うまでもありません。

センターに設置されている強磁場を発生する
巨大な磁石。1986 年には31.1 テスラという
世界最高磁場を記録した。

反発力により生じる浮力

 東北大学金属材料研究所には附属「強磁場超伝導材料研究センター」という施設があり、世界でも有数の強い磁場を出す装置があります。そこでは文字どおり強い磁場を使ってもっと強い磁場を出す超伝導材料の研究や、金属、半導体、磁性体など物質の性質を調べる物性物理学の研究が行われており、全国共同利用研究センターとして重要な役割を担っております。そこには巨大な磁石が備えられており、約31テスラという、通常手に入る永久磁石の千倍くらい強力な磁場を発生することができます。これぐらい強い磁場を発生するためには新幹線並みの電力を必要とするため、どこででも簡単に設置できるわけではなく、このような磁石は世界に5カ所しかありません。
 この磁場は空芯のコイルの中で縦方向にできます。この中に上に述べたような非磁性の物体を置くと、反発力を受け、中心から遠ざかろうとします。中心より下に置けばもちろん重力と相まってすぐに下に落ちてしまいますが、中心より上に置くと、このような強い磁場中では磁力による反発力と重力をバランスさせることができ、そこに安定して浮いた状態を作り出すことが可能になります。この場合、磁力は物体を構成している原子あるいは分子の1つ1つに働くため、無重力状態と等価な環境と考えられ、宇宙空間と似ています。そのため宇宙へ行かなくても、容器なしでの結晶成長や、るつぼなしでの物体の溶解が可能になり、不純物の混入を防ぐことなど多くのメリットを得ることができます。


立方体のガラスを磁気浮上
させ(上)、溶融して完全
球になった状態(右)。

磁気浮上の応用をめざして

 私たちは、3年前、水、氷、卵、マウスなどの「磁気浮上」の実験を行いましたが、その後の応用の一つとして、ガラスのるつぼなし溶融を行っています。一辺約5ミリの立方体に切ったガラスを磁気浮上させて、炭酸ガスレーザーから出る赤外線を当てますと、それを吸収して温度が約800度くらいまで上がり溶けます。溶けると表面張力のため、ほぼ完全な球形になります。
 この実験にはもう少し先があります。溶けたガラス球からは蒸気、すなわちガラスの微粒子が飛び出します。これも完全な球です。この完全球の微粒子を原子炉で放射化して、カテーテル(管状の医療器具)などでガン患者の体内に入れ治療に使うというのが最終目的です。ガンの放射線療法の際にガン細胞に送りこむ放射した微粒子は、完全な球体の方が支障なく、めざす細胞のポイントに送りこみやすいのです。通常の状態で蒸発させて作った場合は、ガラス微粒子が空中浮揚しないため、お互いにくっついてしまったり、球にならなかったりしてしまいます。
 これは、宇宙や自由落下によって得られる無重力環境下で試みられている研究ですが、私たちの装置では宇宙よりも簡便にできるところがミソです。今後、私たちのセンターでは、強磁場の応用としてこのような材料科学の方向にも力を入れようと考えています。


もとかわ みつひろ
1938年生まれ
現職:東北大学金属材料研究所教授、
   金属材料研究所附属強磁場超伝導材料研究センター長
専門:強磁場科学