[研究室からの手紙]


芽ばえの成長と重力 ―宇宙実験報告―

高橋 秀幸=文
text by Hideyuki Takahashi



 昨年の秋に、向井千秋氏ら7人の宇宙飛行士を乗せたスペースシャトル「ディスカバリー号」で、植物の宇宙実験が行われました。周到な準備をしたはずの宇宙実験でしたが、無重力空間を勝手に遊泳した実験材料や実験器具が行方不明になったり、宇宙船の中の温度が植物の生育適温を大幅にずれたりするハプニングが起こりました。それでも宇宙飛行士達の熱意ある操作によって実験は成功し、その結果は、地球にない無重力環境が生物学研究にとって貴重な実験室であることを示してくれました。

ジョンソン宇宙センターにて、向井、リンジー、パラジンスキー、ロビンソン宇宙飛行士(左から)に宇宙実験の内容を説明する筆者。

陸上植物の姿勢制御

 植物の種子が土の中や表面で発芽すると、芽ばえが地球の重力に反応して根を下に、そして茎を上に伸長させます。このような重力反応は重力屈性と呼ばれ、根が養水分を土から取り込むと同時に植物体を支え、葉が光と二酸化炭素の豊富な地上で光合成を営めるよう、姿勢を制御するために必要です。とはいえ、植物が重力を感じるしくみについては、まだよくわかっていません。
 現在の私たちの理解では、重力を感じる細胞が茎や根に存在し、その中にあるデンプンの固まりが細胞の中で沈むことが重力を感じるために必要である、と考えられています。このとき茎や根が曲がる現象は偏差成長と呼ばれ、横になった組織の上下における成長速度の違いによって起こります。これには成長を制御する植物ホルモンの組織内勾配が重要な働きをしていると考えられていますが、重力を感じる細胞がどのようなしくみでデンプンの沈降を情報伝達に利用し、最終的に偏差成長を制御する植物ホルモンの動態に作用するかがわかっていません。

キュウリの芽ばえの宇宙実験

宇宙の無重力下で生育したキュウリの芽ばえ。
根と茎の境界部に2個のペグ(矢印)を発達させた。
ペグの下が根で、上が双葉を持ち上げる茎。
芽ばえの湾曲(重力屈性)が不十分で、ペグは種皮を押さえることができない。

 さて、キュウリやヘチマなどのウリ科植物では、発芽直後に特殊な突起状組織を形成し、それを梃子にして茎(下胚軸)が伸長することによって、芽ばえが種皮から抜けだします。この突起状組織はペグと呼ばれていますが、その発達に重力が関係しています。
 例えば、キュウリが発芽すると根の重力屈性によって根と茎の境界部が屈曲して、その屈曲した部分の内側に1個のペグが発達します。しかし、平べったい形の種子を裏返しにしておいても、必ず根と茎の境界部は同じように屈曲し、その内側に必ず1個のペグが発達します。
 そこで私たちは、ペグ形成における重力の役割を検証して、そのメカニズムを明らかにするためにスペースシャトルによる宇宙実験を行いました。宇宙実験では、向井宇宙飛行士らがキュウリの種子を軌道上で発芽させ、微小重力下で育てた芽ばえを写真に撮影し、芽ばえそのものを保存して地上での解析のために持ち帰ってくれました。その結果、微小重力下で生育した芽ばえは重力屈性を発現せず、さらに根と茎の境界部に2個のペグを発達させることがわかりました。つまり、ペグの形成には重力は必ずしも必要ではなく、地上では重力がペグの形成する部位を制御していることがわかったのです。
 キュウリの芽ばえはもともと2個のペグを発達させる能力を持っているのですが、地上では重力に反応して、横たえられた芽ばえの上側になった部位のペグ形成を抑制しているといえます。芽ばえが重力を感じるしくみは、重力屈性の場合と同様に沈降するデンプンの固まりを持つ細胞にあります。また宇宙実験から、芽ばえは重力を感受してペグ形成に必要な植物ホルモン(オーキシン)の濃度を横たえられた芽ばえの上側で減少させ、その部位のペグ形成を抑制することがわかってきました。
 このように植物は重力に依存した生活をしています。宇宙実験は、そのしくみを理解するために行われます。それによって、私たちは地球における生物の生産力を高め、さらに人類の宇宙活動を発展させることができるようになるでしょう。



たかはし ひでゆき
1954年生まれ
現職:東北大学遺伝生態研究センター教授
専門:植物生理学、宇宙生物学