軟弱泥土が良質な土砂に蘇る―古紙が生み出す不思議な力―

軟弱泥土 ―「捨てる」から「再利用」へ―

 私たちの身の回りでは、さまざまな軟弱泥土が発生しています。社会基盤を整備するための建設工事から発生する建設汚泥、池や川底などに堆積したヘドロなどは軟弱泥土の代表例です。浄水場では川やダムの水から安全な飲み水を製造する際に水中の浮遊物を除去しますが、これが泥土として排出されます。これまでは、「軟弱泥土は使い物にならない」というのが常識であり、「使い物にならないから処分場に捨てる」というのが一般的でした。
 しかし近年、処分場の残存容量は逼迫してきており、処分場に軟弱泥土を捨てることが困難になってきています。汚泥の海洋投棄も環境保全の観点から不可能です。つまり「軟弱泥土は使い物にならないから捨てる」のではなく、軟弱泥土は再利用しなければならない時代に入っているのです。

軟弱泥土の新しい再資源化工法
―繊維質固化処理土工法(ボンテラン工法)―

 軟弱泥土を再利用する試みは、既に行われています。天日に晒して乾燥させる天日乾燥、脱水機を用いた脱水処理、セメントで固める固化処理など、これまでに軟弱泥土を「土」に返すための研究が行われてきましたが、いずれも生成された土の品質が十分ではなく、満足できるものではありませんでした。
 そこで私たちの研究室では、軟弱泥土を再利用するための研究を十年前から開始しております。建設汚泥やヘドロなどの軟弱泥土の再利用が難しいのは、泥土が大量の水を含む高含水比泥土(つまり泥水)だからです。そこで、私たちはまず含水比を下げる簡単な方法は無いかと試行錯誤を繰り返しました。
 この時、注目したのが古新聞です。新聞紙は上質紙から比べれば紙質はやや劣りますが、その分、水をよく吸収してくれます。そこで、古紙を軟弱泥土に混合して古紙に水分を吸収させ見かけの含水比を下げることにしました。すると適当な古紙の量を添加すると、軟弱泥土が紙粘土のようになりました。これが、これから説明する「繊維質固化処理土工法(ボンテラン工法)」の原点です。

たかが古紙、されど古紙

 繊維質固化処理土工法は、軟弱泥土に繊維質物質である古紙の破砕物および高分子系改良剤(ポリマー)を添加し、軟弱泥土を良質な土砂に蘇らせる新しい方法です。単に含水比を下げるだけなら、多分「たかが古紙」で終わっていたと思います。しかし、古紙の繊維質が自然界にはない優れた特性を土砂に与えています。つまり「たかが古紙」ですが、「されど古紙」なのです。
本工法は、自然界には無い優れた土砂を生み出すことができることから、フランス語の「良い土」という意味である「ボンテラン」を用いて、本工法の愛称を「ボンテラン工法」と命名しました。ボンテラン工法により生成される土砂の不思議な特徴をこれから説明します。

高い破壊強度と大きな破壊ひずみ

 生成土を道路などの盛土材として利用するためには、十分な強度が必要です。一般に強度を得るためにセメント系固化材が使用されますが、セメント系固化材だけで固めた土砂は硬くて脆いという性質があります。これに対して、繊維質固化処理土は、固化材の量が同じであれば、強度はより大きくなると同時に破壊に至るまでのひずみも同様に大きくなります。「強度が大きくなれば破壊ひずみは小さくなる」のが材料の常識ですが、本工法で生成される土砂は、「強度も破壊ひずみも大きくなる」という不思議な性質を持っています。
 これは土砂の内部に含まれる繊維質によります。図1は圧縮試験後の固化処理土と繊維質固化処理土の写真です。固化処理土には明確な破壊面が見られますが、繊維質固化処理土は明確な破壊面が見られず、中央が膨らんだ樽のように変形しています。このような強度特性を示すことが繊維質固化処理土の特徴です。

図1 固化処理土および繊維質固化処理土の破壊の様子

乾湿繰り返しに対する高い耐久性

 皆さんは、雨が降って地盤が十分に濡れた後、雨が上がり日が射して地盤が乾燥してくると、地面の表面が亀の甲のようにひび割れる様子を見たことがあると思います。これは、水に濡れると地盤が膨潤しますが、乾燥する際に水分が蒸発すると、全体が縮まろうとして土粒子間結合が切れることでひび割れが生じたからです。
 固化処理土は、通常土と同様に乾湿繰り返しを受けて大きく劣化しますが、繊維質固化処理土は全く劣化せず、ひび割れは生じません。水分が蒸発する際に全体が縮まろうとしますが、土粒子と繊維質が絡み合っているので、土粒子間結合が切れないのです。このような土砂は自然界には存在しません。繊維質が生み出す不思議な土砂ということができると思います。

液状化することのない耐震性地盤材料

 三月十一日に発生した東日本大震災では未曾有の被害が生じました。津波の被害は甚大ですが、液状化による地盤災害も多く発生しました。ボンテラン工法は、福島県郡山市の芳賀池のヘドロを改質して親水公園の基礎地盤に再利用した実績を有していますが(図2参照)、通常土を用いた池周辺では液状化被害が発生したものの、公園の基礎地盤は何の被害もなく、液状化も見られませんでした。
 阿武隈川流域の浜尾遊水地でも一部の堤防が本工法により構築されており、堤防の多数の箇所で破壊が生じるなど被害が見られましたが、本工法で施工した堤防は何の被害もなく健全でした。このような通常土にはない高い耐震性も古紙が生み出しているのです。

図2 福島県郡山市芳賀池(施工後) (施工前)

古紙の耐久性

 上述した特長は、土砂内部に存在する古紙の繊維質によって生み出されていますが、古紙の繊維質が劣化してしまった場合、繊維質固化処理土は何の変哲も無い通常土と同じになってしまいます。
 古紙の主成分はセルロースであり、セルロースは糸状菌や放線菌などの菌類により分解されますが、これらの菌類は高アルカリ領域では生存できません。一方、繊維質固化処理土はセメント系固化材の影響で高アルカリを示します。酸性雨の影響により中性化する可能性もあることから、本研究室では、百年分の降雨量に相当する酸性液を作成し、繊維質固化処理土を長期間浸しましたが、表面は中性化されるものの、土砂内部は高アルカリを呈していました。つまり、長期間にわたり繊維質固化処理土の内部は高アルカリに保たれるため、土砂内部で繊維質を分解する菌類が活動し、繊維質を分解する可能性は非常に低いと考えられます。
 土木構造物の耐用年数は一般に五十年程度と言われていますので、繊維質固化処理土は土木用構造資材として十分使用し得ると考えています。

震災で生じた廃木材とヘドロを利用した人工地盤造成

 今回の震災では、大量の廃木材とヘドロが発生しています。私どもが開発したボンテラン工法では、古紙はさまざまな優れた地盤特性を生み出す魔法の物質であり、ヘドロは使い物にならない厄介者ではなく、優れた地盤材料を生み出す原材料です。
 現地で廃木材をチップ化し、これをヘドロと混合し、さらにボンテラン工法を適用して耐震性の地盤材料を生成すれば、被災地の創造的復興に大いに貢献できると確信しています。図3は、気仙沼市の終末処分場において、津波で発生した堆積物(ヘドロ)をボンテラン工法により改良し、地盤地下した場所の嵩上げに再利用した施工の様子を示しています。本工法が被災地の復興に役立つことを願ってやみません。

図3 気仙沼市終末処分場における

 

高橋 弘(たかはし ひろし)

高橋 弘(たかはし ひろし)
現職/東北大学大学院
   環境科学研究科 教授
専門/環境リサイクル学、環境知能工学
http://www2.kankyo.tohoku.ac.jp/htaka/index.html

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