地域と大学 グローバルな視点で感染症研究

感染症の脅威

 感染症は細菌やウイルスといった目に見えないような小さな微生物で起こります。十九世紀末から微生物についての研究は飛躍的に進歩し、多くの抗生物質やワクチンが開発されてきたことから一九六〇年代ごろには感染症はもはや人類の脅威ではなくなる日も近いのではないかというような楽観的な見方がなされたこともありました。
 しかし、一九八〇年以降エイズを起こすHIVというウイルスが世界的に問題になったり、二〇〇三年にはSARS(重症急性呼吸症候群)という新たな感染症が出現したりして、感染症はまだまだ人類にとって大きな脅威であり続けています。二〇〇九年には新型インフルエンザ(H1N1)が世界中に広がり大きな被害をもたらしました。
 また、発展途上国では衛生状態や栄養状態が悪いために多くの人が感染症で死亡しています。今も世界中で毎年九百万人近くの子供たちが死亡していると考えられていますが、そのほとんどは発展途上国の子供たちです。グローバル化した現代社会のなかにあっては、感染症は瞬く間に多くの国に広がってしまう可能性があります。このような状況では今や一国だけで感染症対策を考えていくことはできません。

レイテ島のクリニックの様子 レイテ島のコミュニティーでの調査の様子(左手前は東北大学の常駐スタッフ)

フィリピンでの感染症研究

 東北大学医学系研究科微生物学分野では、このような視点に立ち、海外での感染症研究を積極的に進めています。二〇〇八年からは感染症研究国際ネットワーク推進プログラム(J─GRID)の一環として、フィリピンに東北大学─RITM新興・再興感染症共同研究センターを設置し、現在は三名の東北大学の職員が現地に常駐して研究を続けています。このセンターではインフルエンザやその他の呼吸器ウイルス、狂犬病、日本脳炎、薬剤耐性菌など、多岐にわたる研究を行っています。また、昨年度からは地球規模課題対応国際科学技術協力事業としてフィリピンにおいて小児肺炎の問題に取り組んでいます。
 発展途上国の子供たちの死亡原因の最も重要なものは肺炎です。我々はフィリピンの中でも子供の死亡率の高いレイテ島で小児肺炎の問題に取り組んでいます。二〇〇八年から地域の中核となる病院で小児肺炎の研究をしていますが、この間に千人以上の子供が重症の肺炎で入院し、そのうち十%近くが亡くなっています。死亡した子供たちからは日本でもよく見られるRSウイルスやライノウイルスといったウイルスが検出されています。日本では死亡することがまれなこのような感染症で子供たちが死亡する原因が何なのか、その死亡率を下げるために何ができるか明らかにするために、病院レベルだけでなく地域にまで研究対象を広げ、この問題にさらに取り組んでいきたいと考えています。
 感染症に関する研究もこの数十年で飛躍的に進歩してきました。しかし、その研究の多くは先進国の研究室で行われてきたものです。発展途上国にはそのような研究の進歩から取り残されて、今もさまざまな感染症に苦しんでいる人たちがたくさんいます。我々は研究室に閉じこもるのではなく、発展途上国の感染症の現場に積極的に出かけていって感染症に苦しんでいる人たちを救うために研究に取り組んでいます。

押谷 仁(おしたに ひとし)

押谷 仁(おしたに ひとし)
1959年生まれ
専門/ウイルス学、感染症対策、感染症疫学
研究室ホームページ/
http://www.virology.med.tohoku.ac.jp/
フィリピンプロジェクトホームページ/
http://www.eid.med.tohoku.ac.jp/index.html



ページの先頭へ戻る

前頁へ 目次へ 次頁へ