シリーズ◎感染症2 │口蹄疫│磯貝 恵美子

口蹄疫とは

 口蹄疫は口と蹄に水疱ができる急性熱性ウイルス感染症です。口蹄疫ウイルスは感染力が強く、多くの型が存在するため防疫が困難とされています。海外悪性伝染病として2000年に日本で発生するまでは、約百年の間日本になかった病気です。そして、再び2010年に発生し、大きな被害をもたらしました。日本での発生以前に、中国や韓国など世界各地での感染が報告されています。

ヒトへの感染性

 ヒトは口蹄疫ウイルスの感染にきわめて抵抗性があるため、感染は稀です。しかし、不顕性感染(症状なし)やウシの臨床症状とよく似た症例が報告されています。こうした事例はウイルスへの濃厚接触やウイルスに感染しやすい遺伝的素因があったなどの理由によります。臨床症状はヒトの手足口病と酷似しています。手足口病は乳幼児を中心に手足や口に水疱ができる病気で通常は軽症ですが、中枢神経系の合併症を随伴する重症化タイプの流行が2010年に起きました。なお、手足口病は毎年感染者が認められています。
(口蹄疫のヒトへの感染に関してはホームページhttp://wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/05_byouki/prion/pf99ad.htmを参照して下さい。)

2010年口蹄疫発生

 2010年春に宮崎県で発生した口蹄疫は、感染拡大の猛威が止まらず、大きな被害を畜産農家に与えました。殺処分された家畜は約29万頭にもなりました(写真参照)。この処分に対して延べ人数約2万5千人が動員されました。4月20日の発生確認から感染が疑われる牛や豚等の家畜の殺処分や埋却・消毒、感染拡大を抑えるためのワクチン接種等の防疫措置を実施し、7月27日に家畜の移動制限区域がすべて解除されました。2010年の発生は2000年の時とは格段に違う大惨事となりました。  いとも簡単に大惨事を引き起こすため、国際獣疫事務局は口蹄疫を最も警戒すべき家畜伝染病としています。口蹄疫ウイルスは農業テロの武器として考えられ、韓国などではテロと同様の緊急対策をとるべき病気とされています。韓国や中国などのアジア周辺諸国では、依然として口蹄疫が発生しているため、飼養衛生管理の徹底や早期摘発のための監視の強化が必要とされています。

口蹄疫の伝播と感染拡大の理由

 口蹄疫ウイルスの国際伝播では、感染家畜・汚染農畜産物の流通、交通による汚染塵埃、風、人、鳥などで物理的に運ばれるなどいろいろです。口蹄疫ウイルスは4℃でも18週間は生残し、この安定性と伝播力が強いことが感染拡大をもたらす条件としてあげられます。  宮崎県で感染が拡大したウイルスの性質以外の理由に、豚の感染があったことがあげられます。豚のウイルス排出量は牛などの反芻動物に比べて、百2千倍も多いとされます。そして、ウイルス飛沫などの形で気道から排出します。実際、宮崎では川南町で豚での感染が起こっています。感染拡大の理由として「埋却地が足りない」などの説明がありましたが、初動での患畜や疑似患畜の殺処分の遅れ、連携の不調和、発生動向調査の不足、発生国からの飛び火リスクの軽視、水牛では典型症状を示さなかったことなどがウイルスの性質にプラスしてあげられます。

繰り返さないで!

 かつて、日本では2000年に口蹄疫が発生した時、これの蔓延を食い止めることに成功しました。現在は、当時よりも格段に情報伝達速度が速く、発生現場における迅速な対応と封じ込め対策をとることができる環境であったはずです。口蹄疫は生産農家だけでなく、地域経済を崩壊させるほどの破壊力を持っています。再び、同じことを繰り返さないシステムの構築が必要であると考えます。

押谷 仁(おしたに ひとし)

磯貝 恵美子(いそがい えみこ)
1953年生まれ
現職/東北大学大学院農学研究科 教授
専門/動物微生物学
http://www.agri.tohoku.ac.jp/doubi/index-j.html

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