震災特別寄稿5 津波をかぶった土の概況と修復 東北大学大学院農学研究科 南條 正巳

 2011年3月11日、巨大津波が東日本太平洋岸を襲いました。この巨大津波で農地も大きな被害を受けました。農地の被害は海水による塩害と津波で運ばれた砂、泥、建物破砕物によるものなどです。

川の水と海の水

 平野にある農地、特に水田は河川水の影響下にあります。河川水と海水の異なる点は溶けている塩類の濃度と組成です。河川水の塩濃度は概して0.004〜0.01%に対して海水は3.5%です。また、河川水は概ねカルシウムイオンが主であるのに対して、海水はナトリウムイオンが主です。

土の塩に影響されやすい部分

 土には水に溶けている塩類の影響を受けやすい部分があります。それは土の粘土や腐植に吸着している陽イオン(交換性陽イオン、図参照)です。交換性陽イオンは純水で洗っても除去できませんが、別の陽イオンとは容易に交換します。その量は土の重量の0.1〜0.5%程度ですが、その組成によって土の性質が変わります。農地の土の交換性陽イオン組成は河川水の影響でカルシウムイオンが主です。この場合、土の粒子は集合状態になりやすく、さらに堆肥を入れて耕すと柔らかくなり、作物栽培に好適です。これに対して、交換性ナトリウムが多くなると、水が多ければ粘土が分散して濁り水になりやすく、乾くと粒子が密に固まりがちです。交換性陽イオンは植物にも吸収されやすく、ナトリウムは多くの植物に害となり過剰になると、塩濃度が下がっても作物は生育不良になります。海水の害の主な内容は以上のように、溶けやすい塩により浸透圧が増すことと土の交換性ナトリウムが増すことの二点です。塩化物イオンも浸透圧の上昇に寄与しますが、稲への塩化ナトリウムの害は少量の塩化カルシウムで軽減され、塩化物イオンよりナトリウムイオンの害が強い傾向です。

東北大学病院の様子

津波による被災農地

 津波被災農地の状況は多様です。上記の津波で運ばれた被覆物の他に、水流で削られた凹地も散見されます。内陸側では海水の影響がわずかな所もあります。一方、農地の管理状態も被害の受け方に影響したと見られます。  仙台市荒浜付近における砂の被覆物が少ない耕起前の水田では刈り株が残っていました(写真参照)。建物などに対する津波の強大な破壊力に比べて意外でした。そして、分析の結果、海水の影響は必ずしも土の中深くまで及んでいませんでした。類似の事例はインド洋津波(2004年12月)に被災したタイの樹園地でも報告されました。これに対して、耕起された水田では作土に多量の被覆物が混入したか、作土ごと被覆物や周囲の土と置き換わった可能性もあります。しかし、水田では作土の下に堅い鋤床(すきどこ)層があり、耕起前の作土が残っていることを考えると耕起後でも鋤床層とその下の層は津波の影響が少ないと推測されます。

東北大学病院の様子

被災農地の修復

 わが国は周囲を海に囲まれ、農地も高潮、潮風害などをしばしば受けます。津波被災農地の塩害にもそれらへの対策が参考になります。それにはかんがい水が必要です。ところが、津波被災地は低地で、排水機場を備えて排水する干拓地のような地域もあり、地盤も沈下しました。そのような地域では排水機能が回復しなければ、多量のかんがい水は使えません。その場合、応急ポンプで排水しながらも、梅雨、台風、秋雨などの天水による除塩が進むよう田面に溝を作るなどの対策が考えられます。  最近20年ほどの研究によれば、東日本太平洋岸でも巨大津波が繰り返しています。今後は津波に強い排水機場、農地には津波・高潮・潮風害などによる塩分を迅速に除去するためのかんがいと排水の設備の設置、そして、部分的に残るかも知れない塩分に備えた耐塩性作物・品種の準備などが望まれます。

里見 進(さとみ すすむ)

南條 正巳 (なんじょう まさみ)
1953年生まれ
現職/東北大学大学院農学研究科 教授
専門/土壌学
http://www.agri.tohoku.ac.jp/soil/jpn/



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