はじめに今回の大震災により福島第一原子力発電所から、非常に高い濃度の放射性物質が放出されるという事故が発生しました。放射線は人が感知することができず、またその怖さを知る私たちが不安を覚えるのは当然です。ここでは放射線が人体におよぼす影響について考えてみます。 放射線の性質と単位人類が放射線の存在を知ったのは1895年のレントゲン博士の実験によってでした。放射線はものを透過する作用があり、医療分野などで急速に利用されるようになりました。一方、放射線はものの中で電離を起こす性質があり、細胞の中のとくにDNAに作用して、細胞を死に至らしめ、またがんを発生することなどが知られてきました。放射線は、電離作用などを利用して測定することが可能です。しかし、放射線にはα線、β線などいろいろな種類があり、それぞれの放射線は人体への影響の強さが違い、発生源も異なり、種々の単位が用いられます。この単位の複雑さが放射線をわかりにくくしています。 医療では組織の吸収線量であるGy(グレイ)という単位がよく用いられます。また、放射線の種類によって人体への影響が異なりますので、Sv(シーベルト)という単位が使われます。SvはGyに人体への影響力を乗じた値で、X線やβ線は1、α線は20などが乗じられます。Svは今回のような放射線被ばくを問題にする場合によく用いられ、低い線量を示す1mSv(ミリシーベルト)は1/1000Sv、1μSv(マイクロシーベルト)は1/1,000,000Svになります。放射線の測定値はμSv/hのように一定時間あたりの線量率で示されますので、時間を乗じたものが被ばく線量になります。また、放射線を発生する能力としてBq(ベクレル)という単位が用いられ、今回の事故では放射線に汚染されて放射線を発生する食品や飲料水の単位としてBq/kgのように使用されています。 放射線の人体影響がんの放射線治療では一般的に総線量60Gy(X線ですので=60Sv)を用いますが、60Svを全身に被ばくすれば人は数時間で死亡します。放射線治療が安全なのは患部に限って、しかも何回にも分けて治療するからです。1Sv以上の全身被ばくは非常に危険です。4〜5Svの被ばくで半数の人が死亡し、7Sv以上では全員が死亡します。幸い、今回の事故でこうした線量を浴びた人はいませんでしたが、作業員の被ばくや、長期にわたる住民の低線量被ばくが問題になっています。 低線量被ばくで問題になるのは、確率的影響といわれるとくに発がんの危険性です。確率的影響とは線量に比例して増加する影響のことをいい、線量ゼロのデータが基準となるべきです。しかし、放射線は自然界にも存在し、世界の人が浴びる自然放射線量は平均2.4mSvであり、イランの一部地域では平均10.2mSvに達しています。これに医療被ばくなどを加味した線量を避け得ない基準線量とせざるを得ず、基準線量の発がんデータと比較して危険性が算出されますので、どうしても限界があります。 広島・長崎における長期の調査からは200mSv以上で確率的影響を認めるものの、それ以下の線量では影響は認めなかったとされてきました。しかし、米国の調査データでは5年間で100mSv被ばくすると約1%発がんの危険性が高まるとしています。年間20mSv以下のデータはありません。年間20mSv以下の危険性の差は少ない上に、有意差を証明するには生活や医療など統一された大規模なデータが必要とされるためです。この領域は社会的あるいは経済的な側面などから許容されるべき線量と思います。今回の緊急事態で、一部地域の年間許容線量が1mSvから一時的に20mSvに引き上げられました。これは5年間に100mSvを超えないという私ども放射線業務従事者の線量に匹敵します。放射線業務従事者に準じた線量の測定や健康管理の実施が望まれますし、また放射線に感受性の高い小児には特別な配慮が必要と考えられます。なお、飲料水や食料によって取り込まれるヨウ素やセシウムなど種々の放射性核種による内部被ばくについてはとくにヨウ素による甲状腺の発がんが大きな問題ですが、規制値以下の放射線量であれば健康に影響はありません。 最後に 不必要な被ばくは避けるべきですが、私どもは放射線業務に誇りを持って従事しています。年間20mSv以下の線量は人体に対する有意な影響を証明することが困難な線量と考えられますが、事故対応や郷土を守るという"誇り"に対して、いろいろな形で支援すべきと考えます。 |
山田 章吾(やまだ しょうご) |