クローズアップ 地域と大学

サッカーボールに新しい機能を求めて

原子内包フラーレンの大量合成と高純度化

秋山 公男=文
text by Kimio Akiyama

分子C60の球状空間に原子を内包
 炭素原子の球状ネットワーク構造体はフラーレンと総称され、炭素数に応じて大きさの異なる球状の中空部を持っています。炭素数60個からなるサッカーボール状分子C60は、その直径がサッカーボールの10憶分の1程度の大きさです。この分子の球状空間は、炭素原子の電子雲の広がりを考慮するとC60で直径0.4nm程度となります。この中空部に原子を内包させることにより、フラーレン自身とは異なる全く新しい性質を示すことが明らかにされてきました。このことから、原子内包フラーレン(M@Cnで表す)を用いて、多様な機能を引き出すことが可能となると期待されています。

新規合成手法を用いた種の内包構造と電子構造の解明
 フラーレン自身の科学は、1990年の大量合成法の確立を契機として飛躍的に展開しました。同様に、M@Cnの新規の特性を解明する基礎・応用研究のためには、この種の大量合成・単離精製がブレークスルーとなることは容易に想像がつくことです。しかしながら、一言で“内包させる”と言っても、炭素棒を電極として放電するアーク放電やレーザー蒸発法などのフラーレンの合成段階で内包させたい原子を取り込む方法では、その収量はフラーレンに対して数%程度です。その後の高純度化のためには、多段階の分離作業が必要となり、大量合成・高純度化のためのプロセスとしては確立していませんでした。特に、最も炭素数の少ないC60に金属原子が内包したM@C60では、実験室レベルでの高純度化すら困難な状況にあります。
 この困難な課題に正面から取り組み、M@C60の大量合成・高純度化をめざしている地域ベンチャー企業I社の存在を2年程前に知りました。既に、数年間、本学の工学研究科、理学研究科の研究グループとの共同研究を通じて、Li原子を内包したフラーレンの大量合成のための新規合成手法を確立していました。依頼された課題は、この手法を用いて合成した種の内包構造の確認とその電子構造を明らかにすることでした。筆者の専門とする電子スピン共鳴(ESR)法は電子と核のスピンの相互作用を直接観測することが可能なので、曖昧さなくその構造を確定できます。
 例えば、図に示したように、(a)Li原子が内包された場合(計算値)と(b)C60の骨格に電子が注入(還元)された場合とでは、観測される信号が明らかに異なると考えられます。さらに、取り込む原子がアルカリ金属(Li、Na、Kなど)であることから、電子的な性質に加えて優れた磁気的特性を示すとの期待もあり、研究に参画しました。

実用化への研究にも拍車
 対象がアルカリ金属内包フラーレンであることから、高純度化のために克服すべき課題も多く、合成・分離抽出段階の見直しと改良が必要とされました。特に、この種の持つ高い反応性や分子間での特異な相互作用などが重要な因子として関わってきます。合成、分離抽出・精製、評価の各段階での結果をフィードバックすることにより、大量合成・高純度化に向けての壁が一つ一つ取り除かれてきています。この中で、地域ベンチャー企業と理学、工学研究科、附置研究所の研究者集団の真摯な連携が重要であることを実感しています。
 現在、実用化に向けた研究の一つとして、経済産業省の「地域イノベーション創出研究開発事業」として採択され、有機太陽電池の高効率化に向けた基盤材料の高純度化を目指して展開されています。
秋山 公男

あきやま きみお

東北大学多元物質科学研究所 准教授
専門:電子スピン光化学

ページの先頭へ戻る