クローズアップ 地域と大学 金属系生体材料産業の創出
―岩手県釜石市での取り組み
千葉 晶彦=文
text by Akihiko Chiba

 陸中海岸国立公園の中心に位置する岩手県釜石市は、三陸漁場を控え、また近代製鉄業発祥の地としての歴史を持ち、「鉄と魚と観光のまち」として発展してきました。しかし、基幹産業である鉄鋼業の相次ぐ合理化や国際漁業規制の強化などによる水産業の不振など、地域経済は縮小の一途をたどっています。
 日本は今や全国的規模で超高齢社会に突入する直前にあります。とりわけ、東北地方の高齢化率(65歳以上の人口割合)は全国平均を大きく上回り、すでに超高齢社会に突入した地域が多くあります。この「超高齢社会」は良い面、悪い面でも社会的に影響を及ぼすと考えられ、その負の側面を取り除き地域経済の活性化への施策を打ち出すことが強く求められています。
 超高齢社会に役立つ産業創生という視点から考えると、安全で長寿命の人工股関節・人工膝関節などに使用する生体材料の開発は重要な研究開発テーマです。1500億円を越える金属系生体材料の国内市場を有しながらその90%は海外から輸入。国産化によって1000億円規模の市場が見込まれます。
  そこで、2001年8月に、岩手大学(筆者は2006年10月まで勤務)と釜石市にある釜石・大槌(おおつち)地域産業育成センターが共同で、「コバルト基合金生体材料開発研究会」を結成し、「鉄の町釜石」を中心とする金属系生体材料産業創生のための活動を開始しました。地域における「科学技術の実践」と言えます。まずは、生体材料とは何かを知る勉強会から始めることにし、講師に斯界(しかい)に通じる専門家を招き、釜石市の地元企業の技術者、行政関係者などの参加を得て開催。現在まで毎年数回開催し、釜石市での生体材料を中心とする新規素材産業の創生の意義について、多くの市民にも考えていただく場を提供してきました。

岩手県と釜石市が費用折半して新規に購入した30kg真空誘導溶解炉。

写真は、岩手県と釜石市が費用折半して新規に購入した30kg真空誘導溶解炉。
本文中の釜石・大槌地域産業育成センターに設置されている。これを用いて人工股関節などに使用するCo-Cr-Mo(コバルト-クロム-モリブデン)合金のインゴットを製造し、新規事業「生体用金属材料製造」を推進する。


 人工関節などに使用される生体用金属材料にコバルト―クロム―モリブデン合金があります。ニッケルが大量に含まれているのでアレルギーや発癌性が指摘され、対策が必要でした。そこで2001年後半に、経済産業省のコンソーシアム研究開発事業に「生体適合性に優れるコバルト―クロム―モリブデン合金の高機能化とその加工技術」と題する研究プロジェクトを提案。幸運にも採択され、翌年には世界に先駆けてニッケルフリーでかつ組織制御されたコバルト―クロム―モリブデン合金の薄板の開発、これを用いた骨折固定用のプレートの試作に成功しました。このような大学での研究開発の成果により、釜石での金属系生体材料産業創生の気運が一気に高まり、大学の科学技術が地域の身近な技術として期待を集めることになりました。
 以来、釜石における生体用金属材料の研究開発と事業化への取り組みは、2004年度には岩手県が提案者となり、文部科学省の「都市エリア産学官連携促進事業」の研究開発プロジェクトとして発展しています。
 この事業は現在も継続実施しており、2009年度まで継続することが決まっています。大学のニッケルフリーコバルト―クロム―モリブデン合金に関する研究シーズと岩手県央から釜石に連なる金属系ものづくり基盤を戦略的に連携させることによって、「岩手発・世界初」の国際競争力のある高付加価値材料を創製し、新産業創出への取り組みを展開中です。2008年度には、釜石の地元企業が中心となり、生体用コバルト―クロム―モリブデン合金を日本はもとより世界を視野に入れて医療機器メーカーに供給する事業を興すことになりました。
 このような研究活動、地域との連携などを通して、金属材料の科学技術を、真に地域に期待される科学技術として、一歩一歩着実に、日本はもとより世界に発信していき、その素晴らしさをより多くの方々に知っていただくことを願っております。

 

ちば あきひこ

1957年生まれ
東北大学金属材料研究所教授
専門:加工プロセス工学
http://www.imr.tohoku.ac.jp/eng/research/bumon/m_proces/02.html

ページの先頭へ戻る