研究室からの手紙
血圧と病気の関係〜
家庭血圧による研究


今井 潤=文
text by Yutaka Imai
 
 
 私たちの研究室では、高血圧について研究しています。血圧が高いとなぜ困るかというと、脳卒中や心臓病になりやすくなるからです。高血圧の基準として、最高血圧140mmHg以上、または最低血圧90mmHg以上が採用されています。血圧がこの数字を超えると、病気になる危険性が大きく高まります。
 ところで、この140/90mmHgという数字は、健康診断や病院での血圧測定によるものです。この血圧を「随時血圧」といいます。普段は血圧が高くないのに、病院で白衣を着ているお医者さんや看護師さんに血圧を測られると血圧が高くなってしまった、という経験をお持ちの方もいらっしゃると思います。これを「白衣高血圧」と呼んでいます。白衣高血圧があっても、必ずしも病気になりやすいわけではありません。
 随時血圧は白衣効果のほかにも、測定時間や食事、姿勢など、さまざまな要因によって影響されやすく、「真の血圧」の測定には向いていないことがわかっています。これに対して、ご家庭に血圧計をお持ちの方も多いと思いますが、ご自宅で、ご自身が血圧を測定する「家庭血圧」は、病院とは関係のないリラックスできる空間で測定でき、測定時間も一定にできます。図1に示すように、随時血圧と家庭血圧には大きな開きがありますが、家庭血圧は病気とより強く関連することから、真の血圧により近い数字であると考えられています。

図1:△が随時血圧、○が朝の家庭血圧、●が夜の家庭血圧を表します。
最低血圧では差がありませんが、最高血圧では、男女とも、すべての年齢層において、随時血圧が家庭血圧よりも高くなっています。
図1:△が随時血圧、○が朝の家庭血圧、●が夜の家庭血圧を表します。
最低血圧では差がありませんが、最高血圧では、男女とも、すべての年齢層において、随時血圧が家庭血圧よりも高くなっています。

 私たちの研究室では、1986年から岩手県大迫(おおはさま)町(現・花巻市、図2)で家庭血圧と病気の関係について研究しています。大迫研究は、私の同級生である永井謙一大迫病院長(当時)との会話の中で生まれました。家庭血圧を用いた研究を始めようとして同窓会の席上で話したところ、永井院長に快諾していただきました。私たちはこの「大迫研究」により、家庭血圧が随時血圧よりも正確に将来の病気を予測することを世で初めて証明しました。さらに、大迫研究の成果として、家庭血圧を用いた高血圧基準値135/85mmHgを提唱し、この数字は世界保健機関(WHO)をはじめとした、世界各国の高血圧ガイドラインにも採用されています。ほかにも、30分毎に24時間にわたり血圧を測定する「24時間自由行動下血圧測定」が家庭血圧と同じように将来の病気を適切かつ的確に予想すること、通常、睡眠中は昼間活動している時間より血圧が低下しますが、この睡眠中の血圧低下が小さいと病気になりやすいこと、などを証明しています。最近では、血圧が血管の壁の中を伝わる速度を体外から簡単に測定できる「脈波伝播速度」を測定しています。脈波伝播速度が速いと、やはり病気になりやすいことがわかってきています。また、食事や運動などの生活習慣と病気の関連、さらにストレスやうつなどの精神状態と病気の関連についても研究しています。

図2:岩手県大迫町の位置
図2:岩手県大迫町の位置

 高血圧を治療すると病気になりにくくなることはわかっていますが、具体的にどこまで血圧を下げればよいか、ということについてはまだはっきりしていません。そこで現在、全国の高血圧患者さんを対象に、家庭血圧値と病気との関連を調査する「HOMED‐BP研究」を行っています。HOMED‐BP研究は、血圧治療の目標(降圧目標といいます)を決定することを目的としています。また、血圧の薬は非常に多くの種類がありますが、どれが病気の予防に向いているかはわかっていません。HOMED‐BP研究では、どの薬が最も病気を予防するか、また、薬をどのように組み合わせるとより効果的に病気を予防できるか、という問題の解決も目的としています。
 現在日本国内に3000万台以上の家庭用血圧計が普及していると言われています。家庭血圧測定は非常に簡単かつ病気の予防、高血圧の治療に力を発揮します。もしご家庭に血圧計がありましたら、毎朝血圧を測って記録してみましょう。高血圧の早期発見にもつながります。

いまい ゆたか

1946年生まれ 東北大学大学院薬学研究科教授
(医学系研究科協力講座)
専門:臨床薬学・高血圧の疫学
http://www.cpt.med.tohoku.ac.jp

ページの先頭へ戻る