-母校は”緑”の母港- 藤井 黎
 東北大学が創立百周年の大きな節目を迎えます。言い知れぬ感慨を深くしつつ、心からお祝い申しあげ、その喜びを分かち合いたいと思います。
 創立五十周年を祝ったのは、つい先頃のように思っていたのに、歳月の過ぎ行く速さに今更ながら驚かされます。高齢といわれる世代ともなれば、思いは一入であります。
 その高齢世代を自認する私たち「二八経和会」同期生は昨秋、秋保温泉に集い、歓談尽きぬひと時を過ごしました。その折の母校への思い誘う案内状の一部を以下に紹介させていただきます。

 「青春真っ只中の4年間、われわれがその懐に抱かれて学び、苦楽をともにした東北大学は明年、創立百周年の記念すべき年輪を刻もうとしている。一世紀にわたる長い歴史において、戦後学制改革の第一期生たるわれらの足跡は、未踏の道程上に鮮やかに刻される。
 いま心静かに来し方を振り返り、それぞれのわが人生≠ニ対峙するとき、おのずから感慨こみあぐるを覚える。とりわけ東北大学の個性豊かな恩師たち、美しい友情や詩情あふれる杜の都―数え切れない出会いの一つ一つが記憶の底から蘇って、われわれを鼓舞しては生≠フ意義を証してくれる。
 友よ!われらが若き日々よ!万感こめて仙台に集い、肩を叩きあおうではないか。」

 朝鮮戦争特需景気の急落から、厳しい就職難の関門をくぐり抜けて学窓を巣立った私たちでしたが、その眼前にはもう一つの思わぬ壁が立ちはだかっていました。技術革新の黒船ともいうべきオートメーション化の胎動がそれでした。その急進展は短時日にしてマス・システム時代への大転換を遂げて旧来の手法を拒み、新たなノウハウの独自の模索を促すのでした。新米社会人たる私たちの多くが戸惑いながら、窮余の救いを求めた先は期せずして「同窓の誼」の縁≠ナした。同業異業の分野を問わず実に多彩な先輩諸兄が、情報や人脈紹介など、貴重な知恵を提供してくれた恩義を、私たちは今なお有難く胸に刻んでいます。「花の二八(ニッパチ)組」と世間から一目置かれ、期待されながら無事に役割を終えることができた私たちの成功の背後には、何を隠そう「同窓の縁―ヒューマンネットワーク」という強力な支えがあったのでした。
 母校はさまざまな縁≠生み出し、それらを多様に結びつける母港でもあります。


INFORMATION in '07 Summer

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