[研究室からの手紙]

成人の大学へのアクセスを視点に

大学と地域社会と市民−その開かれた関係
不 破 和 彦=文
text by Kazuhiko Fuwa




 日本の大学には、大学の創設をめぐり長い歴史を持つ欧米と比べると、さまざまな相違点があります。地域社会との結びつきの在り方もその一つです。
 イギリスの状況を述べましょう。オックスフォード大学やケンブリッジ大学など多くの大学は世界に開放されているとともに、大学が立地されている地域社会と緊密な関係を伝統的に大切にしてきています。地域社会が大学を育てているとも言えます。もちろん、大学は、教育と研究活動に市民が成人学生(日本では社会人学生)として参加できる機会を用意しています。さらに、教育と研究の成果を地域社会へ提供することにも積極的に取り組んでいます。大学と社会との間には一体的な協力関係が築かれており、それはイギリスで絶えず問われる“高等教育はだれのためのものか”に応える具体的な姿と言えます。
 最近のイギリスの大学では、成人学生が急激に増加しています。1944年に、国家課題として義務教育に接続する継続教育の推進を掲げることで、大学も、以前に増して能力と意欲を持つ成人をはじめ多くの国民に教育研究活動へ参加する機会を拡張するよう努めてきています。政府もまた全ての国民への教育機会の均等化と拡大を基本方針に、大学入学のための多様な選抜基準と方法、フルタイムとパートタイムの就学形態、さらには履修単位累積制と単位互換制の導入などを設け、国民それぞれの能力と労働体験、人生観を基にして自主的に選択できる制度を用意してきています。それが、20代後半、30代そして40代層の成人学生の増加に結びついています。しかも、その中には労働者階級、小数人種、民族グループ、女性など教育経験において不利益、不平等を被ってきている人々も含まれている点に注目したいものです。
 こうした状況は、決してイギリスの大学に限られたことではなく、今日の欧米の大学にはほぼ共通に見られます。また、アジアでも欧米とは制度的に異なりますが、例えば中国で普通高等教育とは別に成人高等教育が整備、拡充されております。これは、国家方針である全民教育と開放経済に伴う高度専門識者の育成によるところが大きいです。しかし、日本の場合、成人が大学での教育、研究活動へ参加する動きはようやく最近になって広がり始めたところで、社会人学生の数は欧米に比べて非常に限られています。
 今後、日本の大学において、青年学生と並んで成人学生がどこまで増加していくかは予測しがたいです。それを阻む多様な問題が社会と大学の中に多いことによります。両者は“高等教育は誰のためのものか”を問いながら、さまざまな問題の解決を21世紀に向けた「改革」の課題に積極的に位置づけていくことが、期待されます。なお、平成10年度の東北大学大学院社会人学生数は105名となっています。

ふわ かずひこ
1940年12月生まれ
東北大学教育学部教授
専門:成人継続教育、イギリスの社会学