[研究室からの手紙]
       
アジアむかしの本のものがたり
磯部 彰=文
text by Akira Isobe
 2003年11月27日から仙台国際センターで、特定領域研究プロジェクトによる、東アジアの木版技術と出版による文化形成をめぐる「東アジア出版文化に関する国際会議」を開催しました。
 国際会議に先立って、10月31日から仙台市博物館で、東アジア諸国で出された書物や絵画にちなむ展覧会 ―「国宝〈史記〉から漱石原稿まで―東北大学附属図書館の名品」― を開きました。アジアのむかしの本を主人公とした展示会で、配列を物語風にまとめました。タイトルからわかりますように、展示した書物や資料は、すべて東北大学に所蔵されるもので、公開される機会の少ない資料も多く採用しました。
 国際会議と展覧会をなぜ同時に行なうのか、と思われる方もいらっしゃるでしょう。一般に、国際会議というと、研究者の集会と思われがちです。私が専門とする中国学などの文科系の学問では、国内・国際学会を開催しても、一般の市民の方や高校生、大学の学部生などが参加することは稀です。しかし、研究内容の紹介を通してその内実を深めたり、若い人たちにあまり知られていない新しい研究領域を紹介し、次代の担い手として育成することなどは、研究内容を深め、それを次代に伝える上で是非とも必要なことです。そのため、大学の教育に携わる立場から、積極的に若い人や市民との間に共有の場所を設けようと考え、本を並べて読まなくても東アジアの文化や歴史、書物の歴史などが理解できるようにした展覧会を実施したというわけです。
風雅和歌集真名序
 展覧会は、東北大学附属図書館が所蔵する360万冊にのぼる資料のうち、木版印刷を主とする東アジアの書籍を中心にして、テーマを九つのジャンルに分けました。展示品の一部を紹介しましょう。国宝の「史記」の写本は、宋代の印刷本に先行する資料として外国でも有名ですし、三春藩の殿様であった秋田家の旧蔵品のうち、鎌倉室町の伏見天皇や後光厳天皇などの書状は初公開のもので、鎌倉末・南北朝の政治のありさまを、当事者の天皇が書き留めた内容で、歴史研究者の関心をよびました。
坤輿万国全図
 実は今回、いくつかの新発見という仕掛けを設けました。例えばその仕掛けの一つ、北京の紫禁城にあったはずの本が、不思議にも皆様の目の前に。その本は、『明倫大典』といいます。この本は、親王の王子が、運よく皇帝の玉座を手に入れたことを、まるで天の命令であるかのようにまとめた本で、王子が明の嘉靖帝と名を改めた時に出版されました。展示品は北京の宮殿にありましたが、北清事変の時に外へ持ち出された、というものなのです。子供たちがよく知る桃太郎や金太郎、舌切雀といった読みものの原本も展示しました。また、夏目漱石の「吾輩は猫である」の原稿も一画を飾りました。
 東アジアの文化を研究する際に用いられる千差万別のアジアのちょっと「くたびれた」本や絵画を用い、印刷と出版の文化史を目で理解できるように、いささかにぎやかに並べました。同じ本でも、出版社や時代背景によって異なる部分があることをご存知でしょうか。くり返しになりますが、その相違などについて研究し、意見の交換をするのが国際会議で、その具体的な相違を資料に基づいて世に紹介するのが展覧会というわけです。
奈良絵本「ふんしゃう」

 インターネットの普及は、情報の肥大化をもたらす一方、その画一性という危険性も内包しています。将来、人文社会科学分野でも、世界のさまざまな資料が容易にパソコンから見られるようになるでしょう。その時、容易に手にすることが出来る多種多様な資料についてどのように対処するか、という点を含め、出版文化をめぐる研究基盤の確立をめざしています。
 皆様も、ホームページで、私たちの活動をのぞいてみませんか。ホームページの中では、ナオ・デ・ラ・チーナという帆船が、彼方に見える未踏の学問分野を目ざし、アジア各地で知り得た「財宝」を載せ、時には外部評価という荒浪にもまれながら、航跡もはっきりと前へ進む様が見られるでしょう。


いそべ あきら

1950年生まれ
現職:東北大学 東北アジア研究センター教授
専門:中国文学、東アジア文化史
関連ホームページ
http://eapub.cneas.tohoku.ac.jp/index_home.html

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