眼は心の窓
―眼で物を見るしくみと医療技術

玉井 信=文
text by Makoto Tamai

 東北大学医学部では4年生になると臨床講義が始まり、私は眼科学を担当していますので、その初日に「なぜ”眼は心の窓“と言われるのか」を学生諸君に話をすることにしています。また、話をする前に、彼らの考えを書いてもらっています。ある年の学生が、次のように書いてくれました。
 「この言葉を初めて聞いた私ですが、少し考えると、なるほどとうなづけます。それは”窓“には大きく分けて、2つの働きがあると思うからです。我々が窓の内側にいるときには、その窓を通して見ることができます。窓の外側にいるときには、それを通して内側を見ることができます。これを眼に当てはめてみると、我々は眼で相手や外界を見ることができます。また、我々は眼をつかって自分の考えを相手に伝えることができます。だから、”眼は心の窓“というのだと思います。」
 今回は、皆さんが普段あまりお考えになられない「眼で物を見る」ということについて、しくみから考えてみましょう。

 

眼の構造

 私たちの眼の構造は、図1のようにカメラに似た構造をしています。瞼や黒目(角膜)、白目(結膜と強膜)は、自分でも鏡で見ることができるでしょう。
角膜はカメラではレンズやその前に付いているフィルターの役割をしていますが、それを通して瞳孔(カメラの絞り)も見ることができます。眼科で診療に使う機械では、瞳孔を通して水晶体、硝子体、網膜が見えます。硝子体は眼球の中身を占めており、ほとんど水でできています。この硝子体は、光を透過させるためだけの空間と考えられていましたが、最近、糖尿病や網膜剥離などの重い病気と深く関わっていることが明らかにされました。
 網膜には血管がたくさん走っており(図2)、体の中で直接、毛細血管が観察できる唯一の場所です。そのため、検診では必ず検査されます。網膜はカメラのフィルムの役割をしており、光を感じる細胞(視細胞)が2種類含まれています。昼間に明るいところで働き、細かく字を読んだり色を感じることのできる細胞は1千万個あり、眼球の真後ろで中心窩と呼ばれるところに集まっています。夜暗いところで働く細胞は、昼間働く細胞よりも感度が1万倍も高く、網膜全体に散らばっています。光は、これらの細胞で電気信号に変えられ、100万本の神経(視神経)を伝わって眼から”脳“に送られます。ちょうど電話で、声が電気信号に変えられて遠くに運ばれるのと同じです。
 私たちの眼が、どんなに素晴らしい器官であるかを考えてみましょう。私たちは普通に明るい晴天のスキー場(数10万ルックス:光の強さの単位)から、夜の星空よりも暗い所(1/10〜1/100ルックス)まで、ざっと1.000万倍位の強さの幅を不自由なく見ることができます。写真機ではこれだけの光の強さの範囲を、フラッシュもなくきちんと撮影することはできません。
 昼間、明るいところで働く細胞は、中心窩と呼ばれるところに集中しており、ここに焦点が結ばれた時だけ、よい視力が発揮できます(図2)。黄斑部は大変限られた狭い範囲ですので、外界のものを見つめるためには、眼をそちらに向けなければなりません。いわゆる「見つめる」という動作です。そのために眼には6本の筋肉(外眼筋)がついており、脳の動きで細かく調節されています。
 つまり、私たちはいつも興味がある物、見ようとする物の方向に眼を向け、見つめます。それが眼の動きになって現れます。逆の言い方をしますと、人の眼を見ているとその人が何を見ようとしているのか、または何を考え、何に興味を持っているのか、がすぐ解ってしまいます。


物を見ることと眼を動かすこと

 眼は、物を見ようとするとき必ず動きます。なぜならば、先にお話したように黄斑部で見ようとするものを捕らえ、そこにピントを結ばないとはっきり見えないからです。この眼球運動はわれわれの脳にすでに組み込まれているある種のプログラムに従っていると考えられています。
 例えば、人の顔を見る時、何も言われなくても漠然と見ているのではなく、常に相手の眼を見ることがわかっています。この習性は人間に生まれつき備わっているもので、さらに私たちが集団生活によって学習し、ますます強調されたものであると考えられます。
 「物を見る」ことは、意識して見つめているのではなく、私たちが目覚めて脳が働き続けている間、無意識のうちに行われていくもので、あらゆる興味に対する反応であると考えられます。ということは、網膜から脳に送られる外界からの視覚情報の信号は、私たちの脳(心)が抱いた興味に対する答えであるとも言えるでしょう。すなわち、私たちの眼はカメラとよく似ていますが、全く異なる点はフィルムに画像として記録するのではなく、興味の対象である外界の姿を電気信号に変え、脳へ送る働きをしているのです。
 つまり、眼の動きは私たちの脳の働きそのものを示しており、もし脳に心が宿っているとすれば、心の動きそのものを表しているということができるでしょう。

視力を取り戻す
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世紀の医療技術

 眼の病気で視力を失う原因は、いろいろあります。例えば、全世界の失明原因の第1位は白内障で、4.500万人いるといわれています。その他に外傷やビタミンAの不足による角膜障害も大きな問題です。一方、欧米先進国では日本も含めて、高齢化に伴う緑内障や加齢黄斑変性の増加、糖尿病に伴う網膜の合併症、遺伝子異常による網膜色素変性などが失明の原因になっており、多くの方々が光を失っています。
 しかし、20世紀の後半から発達した医療技術や医療機器の開発によって、多くの眼の病気が克服されました。例えば、白内障はにごった水晶体を取り出し、人工のレンズで置き換えることにより、今までとまったく変わりのない生活を続けることができるようになりました(図3)。この手術は日本で年間70万件行われていると言われ、高齢になられた方々の生活の質を上げるのに大変役立っています。
 ところが、光を感じる視細胞を含む網膜の病気で失明する患者さんの治療は、今でも大変困難です。例えば、糖尿病網膜症で光を失う可能性のある患者さんは全国で30万人と言われており、適切な時期に正しい治療が行われずに失明する患者さんがたくさんいます。さらに、いったん視細胞が失われてしまうと、現在の技術ではそれを補うことはできません。
 とはいえ、新しい治療法の開発も盛んです。例えば、私たちが東北大学病院でめざしている細胞移植による遺伝子治療の試みや、光を電気信号に変えることのできる人工網膜を使う方法も進んでおり、おそらくあと10年位、遅くとも21世紀の半ばまでには、たとえ視細胞が病気でなくなっても、何らかの形で光を感じることができる時代になるでしょう。東北大学では、工学部、金属材料研究所、医学部を中心に多くの研究者の力を結集して、その実現に努力しています。
 残念ながら失明にいたる患者さんは、決してなくなることはありません。街角で白杖を持った人を見かけたら、ぜひ手を差し伸べてください。これは眼科医としてのお願いです。

 


たまい まこと

1941年生まれ
現職:東北大学大学院医学系研究科長
   医学部長・教授
専門:眼科学(視覚生理学)




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