シリーズ「遺伝子」1 |
永田 清=文
text by Kiyoshi Nagata |
日頃、病院から貰ったり、薬局で購入して飲むくすりは、大人と子供の違いはあるものの、すべての人に同じように効くと思われています。しかし、実際はそうではありません。同じくすりを同じ用量、同一健康状態で飲んでも、くすりが効き過ぎて副作用が現れやすい人、逆にあまり効かない人がいます。では、どうしてこのような個人差が起こるのでしょうか。 |
お酒の上戸、下戸 |
ところで、お酒は有史以前から人々の生活の中で、嗜好品として愛飲されてきました。しかし、人によってはお酒が全く飲めない人、飲むと顔が赤くなる人、いくらでも飲める人とさまざまな人がいます。このお酒に対する反応の個人差は、両親から受け継いだ遺伝的な要因の違いにあることは、一般によく知られています。 お酒は、飲んだ後、その多くは主に肝臓にある分解酵素によって、エネルギーとして使われます。お酒に強いか弱いかは、実はこの酵素の働きが強いか弱いかによって決まります。つまり、お酒に強い人は、親から遺伝的にこの強い酵素をもらっているわけです。 |
遺伝的な要因 |
親から受け継いだ遺伝的な要因とは、遺伝子に書かれたタンパク質を作るための情報にあります。この遺伝子情報は、生物の1個体の細胞間では同じですが、中には違った遺伝子情報が生じ、そのために適切に機能しなくなったタンパク質が作られる場合があります。 先のアルコール分解酵素もタンパク質の1つで、弱い人はこの酵素の遺伝子を両親から受け継いでいるのです。 |
くすりの効果の個人差 |
お酒は昔から百薬の長と言われておりますが、実際に私たちが日常的に飲んでいるくすりも、お酒と同様に肝臓の分解酵素によって害のないものに変換され、尿や糞と一緒に体の外へ排泄されます。この分解酵素には、お酒の分解酵素もその1つに含まれますが、多くの異なった種類のあることが知られております。 現在、大変多くの種類のくすりが使われていますが、これらすべてが同一の酵素で分解されるのではなく、個々に異なった酵素により分解されます。従って、あるくすりの分解作用が弱い酵素遺伝子を有する人は、そのくすりが分解されにくいために、効き過ぎて副作用が出る場合があります。 また、お酒に対する強さは、人種間で異なることが知られていますが、実はくすりの効き方も人種によって違っています。あるくすりは、日本人を含む東洋人では15〜25%の人で分解されにくいため副作用が出やすく、同じくすりでも白人では、それは三〜五%程度に止まっています。一方、別のくすりでは、逆に白人で分解されない人が多く、東洋人より副作用が多く認められています。また、ごくまれですが、同じ酵素遺伝子を幾つも持っているため分解が早く、くすりが効かない人もいます。 |
個人にあったくすりの処方 |
くすりを使用するに当たり、安全であることは当然のことでありますが、その作用を有効に引き出すためには、くすりを処方する前に、個々の個人に対し、どのくすりが最も有効かを予測できることが大変望ましいことであります。くすりの分解酵素の強さを測定することは簡単にはできませんが、その遺伝子を調べることにより酵素の働きが強いか弱いかを見分けることは、最近、比較的簡単にできるようになってきました。近い将来、くすりの効果に影響を与える遺伝子を予め調べることにより、個人にあったくすりの処方、いわゆるテーラーメイドの可能な時代が訪れるようになるでしょう。 |
1954年生まれ |
東北大学
100周年について 東北大学百周年記念事業 |