早春の東北大学植物園に枝垂れるヤナギの芽吹きの枝。赤みを帯びた茶褐色のタイル張りの建物を背景に、にじんで見える淡い萌黄色が、しずかに風に揺れては垂れています。あなたは、北国ならではのこの心弾む美しさをご存知でしょうか。
東北大学のいち早い春の訪れは、間違いなく東北大学植物園からやってきます。しかも学生の皆さんは、川内南キャンパスにつながる東北大学植物園を、無料で楽しむことができます。全国でただ一つ「天然記念物」に指定されている貴重な存在の植物園です。国公認のいわばもっとも贅沢な自然生態系の恵みを、わが庭のように気軽に利用できる…。東北大学に在籍する皆さんならではの特権ではないでしょうか。
『東北大学の卒業生から、実は、学生時代にこの植物園でデートしたものです、という話を聞かされることが良くありますよ』とにこやかに微笑む鈴木三男前植物園長。同窓生の皆様の中には、同じような懐かしい思い出を持つ方が多いのかも知れません。
東北大学植物園は、1958年(昭和33)に設立されました。面積は、約52万平方メートル。東京ディズニーランドの総面積を上回る、普通に想像する植物園のイメージとはまったく異なる自然植物園です。たとえば、東北大学文学研究科修士課程在学中であった脚本家の内館牧子さんは、「自分ひとりなら遭難するかも」と思ったほどとか。このエピソードは、読売新聞宮城県版の連載人気コラム『内館牧子の仙台だより15、植物園に行う!』(2004年7月28日掲載)で、とても愉快に紹介されています。東北大学植物園とは、早く言えば、青葉城祉の後背地である「御裏林(おうらばやし)」と呼ばれる「青葉山」のことなのです。伊達政宗が慶長5年(1600年)に仙台城を築いてから、今日までほとんど手を加えらなかった城の裏山でした。城の防御や水源地として厳重に監視されていたため、仙台地方の丘陵地の植生の自然の姿が保護される結果となりました。そのため、樹齢300年を越す見事なモミの美林も残されています。
『仙台地方の自然の植生を現す大木モミの木が自然のままに多く残されていることはもちろん貴重です。でも、それだけで天然記念物に指定されたのではありません。こんなに大都市の中心街に近いにも関わらず、自然の森の生態の発達段階の初期相から完成相までの全体像がこの場所一箇所に保存されているからなのです。つまり、モミの原生林から杉の大木といった植物の群落の最終段階つまり極相から、里山に近い雑木林までここでは見ることができます。樹木はもちろん草や花、キノコ類まで多彩な植物が繁茂し存在。それに伴い、動物、鳥、昆虫といった多種多様ないきものがこの植物園にはさまざまに生存しています。この森にはカモシカも棲んでいますよ。この貴重な場所を、ぜひとも大切に保護し、残していこうではないか。こうしたことから、1972年(昭和61)に、国の天然記念物に指定されました。全国の植物園や大学ではもちろんここ一箇所しか指定されていない唯一無二の存在、東北大学が全国に誇る植物園なのです』と鈴木前園長。
とにかく、一歩東北大学植物園に足を踏み入れると、聞こえてくるのは、枝や葉を揺らす風の音、沢を流れるせせらぎの音と鳥の声だけ。まるで、都会とは別天地の世界が広がっています。大学の施設らしく、絶滅危惧種の植物を育てている花壇もあり、そこから始まる散策路の脇の木々や草花には、名札がつけられ、青葉城の後背地の山へと入っていけます。
知る人ぞ知る、仙台の隠れた名所といわれるのもなるほどと感じられました。植物園をハイキングや散策をかねて訪れた市民たちが、東北大学の学生食堂やカフェで憩う姿は、まさに開かれた東北大学の姿そのものでしょう。紅葉の秋には、「紅葉の賀」という、お茶会や邦楽演奏が行われる典雅な行事を植物園で開催。普段のキャンパスとは趣を異にする和服姿の女性たちが、東北大学植物園や川内キャンパスを行きかいます。春、初夏、夏、秋とそれぞれの自然の風景を楽しむことができる、とっておきの植物園なのです。ぶらりと訪れ、自然林ならではの森林浴に全身を浸すのも、たいへん気持ちがよく、ぜひおすすめしたいものです。
東北大学植物園には、植物園の植物や動物を紹介する展示ホールがある本館のほかに、植物園記念館(津田記念館)やヤナギ園も併設されています。津田記念館とは、津田弘氏(故人)から、恩師であり初代の園長であった木村有香(ありか)博士の業績をしたって寄贈された、日本有数の植物標本館です。木村博士は、ヤナギ科植物研究の世界の第一人者でした。そのため、ヤナギ園も併設され、国内外の各地から集めたヤナギ科植物が植えられています。学術上貴重なヤナギ科の株があり、世界のヤナギ科植物研究の拠点となっています。木村博士は、昭和天皇の植物研究のお相手も務めた、学者そのものといった雰囲気の方でした。
筆者が、ある会合に参加するため金沢市を訪れたときのことです。会合の終わりに、運営のお手伝いをなされた方と仙台から参加した私たちが金沢駅までご一緒しました。歩きながらの会話の中で、その方から『次男が東北大学にお世話になりました』との話が出てびっくり。さらに仙台に帰宅してすぐに、1冊の本が筆者に送られてきました。『ヤナギ学者 木村有香伝』(敷田志郎・敷田千枝子著、岩波出版サービスセンター製作、2008年刊)というとても立派な著作でした。金沢市でお会いした方は、執筆者の敷田千枝子さんだったのです。一生涯をヤナギ研究に捧げられた、石川県出身の木村博士の業績、人柄を丹念に紹介された力作です。
その著書をいただいた後に、さらに不思議なことが起こりました。筆者が東北大学附属病院に長期入院していたとき、隣のベッドの方と親しくしていただきました。その方を毎日付き添いされていた奥様が、若き日に東北大学で木村博士の秘書をなされていたことが分かったのです。
人の縁を結びつける、なんと不思議な力を持った東北大学植物園なのでしょうか。さ、皆さん、友と誰かと、東北大学植物園に行きましょう。
東北大学植物園ホームページ