シリーズ◎感染症1 │インフルエンザの予防事情│押谷 仁

ウイルスの変化による新型インフルエンザの流行

 インフルエンザは目に見えないほど小さなウイルスによって起こります。インフルエンザは日本を含む温帯地方では毎年のように冬から春にかけて大きな流行を起こします。このようないわゆる季節性インフルエンザはウイルスが毎年少しずつ変わっていくために起こると考えられています。つまり、ウイルスが変化していくために以前にインフルエンザウイルスに罹ったことのある人も再度罹ってしまうので、毎年のように大きな流行が起きるのです。しかしこのように人間に感染するウイルスが少しずつ変わっていくことによって毎年の流行が起きる以外に、もう一つ別のメカニズムで大きなインフルエンザの流行が起きることがあります。それまで鳥やブタなどの間で流行していた動物のインフルエンザウイルスが人の間で流行するように変化することによって起きる流行です。このような動物のインフルエンザウイルスに対しては多くの人が過去に感染したことがないので、免疫を持たない人が多く、世界規模の大流行が起こることになります。このような流行を新型インフルエンザとかインフルエンザパンデミック(世界規模の流行を意味します)と呼んでいます。

WHOのインフルエンザ対策

 二〇〇九年に起きた新型インフルエンザは世界中で大きな流行を起こしましたが、このウイルスはもともと北米のブタの間で流行していたウイルスが変化して出現してきたものです。二〇〇九年の二月にはすでにメキシコで流行が起きていたと考えられていますが、新しいウイルスであることが確認されたのは四月の下旬でした。その後、五月中旬までには世界中の多くの国にウイルスが広がりました。
 このような状況を受けWHO(世界保健機関)は六月十一日にパンデミックが始まったことを公式に宣言しますが、その頃、私は世界全体の対策の基本方針を決定するWHOの本部(スイス・ジュネーブ)で対策の立案にあたっていました。日本でも二〇一〇年三月までに二百人以上の方が亡くなりましたが、他の国ではもっと大きな被害が起きたところもあります。我々はこれまでアジアの国々でインフルエンザなどの感染症の研究をしてきていますが、この流行でもWHOの要請を受けフィリピンやモンゴルで流行の調査や政府への助言を行いました。写真は新型インフルエンザ流行時、我々がモンゴルの病院での調査時に撮ったもの(右側が東北大のスタッフ)です。

日常生活で心がけたい感染対策

 新型インフルエンザだけでなく季節性インフルエンザでも毎年多くの人が死亡しており、インフルエンザは決してあなどってはいけない感染症です。インフルエンザを予防するために最も有効なのはワクチンです。ワクチンを接種しても百%感染が防げるわけではありませんが、ある程度感染を予防するのに有効ですし、罹ってしまった場合にも重症化し死亡するリスクを下げる効果が十分にあることはわかっています。
 また日常生活でも感染しないような対策をすることも必要です。インフルエンザウイルスが人から人に感染する経路としては主に、くしゃみや咳を直接あびることによって起きるいわゆる飛沫感染と手などを介して起きる接触感染が考えられています。インフルエンザ流行時にはできるだけ人混みを避けること、こまめに手洗いをすることによってある程度感染を防げると考えられます。またもし罹ってしまった場合にはできるだけ他の人にうつさないようにすることも重要です。このためには症状のある時には外出をできるだけ控えること、くしゃみや咳をするときにはティッシュなどで口をおおうなどのいわゆる咳エチケットを守ることなどが必要です。

押谷 仁(おしたに ひとし)

押谷 仁(おしたに ひとし)
1959年生まれ
現職/東北大学大学院医学系
   研究科教授(微生物学分野)
専門/ウイルス学、感染症対策、感染症疫学
研究室ホームページ
http://www.virology.med.tohoku.ac.jp/
フィリピンプロジェクトホームページ
http://www.eid.med.tohoku.ac.jp/index.html

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