自分史講座の一コマ
「ライフレビュー」という学習方法
いま私たちは、高齢者対象の「自分史」講座を、地元仙台市の社会教育施設(市民センター)と協働して開講しています。そこでの語りや、書かれたライフレビュー(人生の振り返り)から高齢期の特性を探りつつ、実際の社会教育施設で展開可能な学習プログラムの開発、支援方法の確立を目指しています。
ことの発端は、川島隆太教授(加齢医学研究所)を中心とした、「スマート・エイジング(人が豊かに年を重ねること)」をめぐってのさまざまな研究科が合同で行う研究協議の場に加わったことでした。そこでの課題設定を教育学研究としていかに継承・発展できるかをめぐり、教育学研究科内の教員有志で学習会を重ねるなか、二〇〇九年度より、実際の事業の実施に踏み切りました。
非標準的な「知」の舞う
学習空間
私たちが取り組むライフレビューという学習方法は、「私」という主語から始まる言葉を互いに聞かせあい、鍛えあうことで、自己理解を深めるとともに、社会観、歴史観を深め共有させながら、互いの存在を財産にしあう(「私」を「私たち」にしていく)ことをねらいとしています。
近年は、脳科学の著しい発展を背景に、高齢者の学習支援プログラムがさまざま開発されていますが、その多くは「加齢による衰退をいかに食い止めるか」という観点のもと、支援する側が設定したプログラムを学習者がこなす、というスタイルを採っています。一方、私たちが目指すのは、そうした「あてがわれた内容をこなす」学びとは異なり、学習者一人ひとりにとってはきわめて大事ではありながら、表面化されることのあまりない情報が流通する場の実現です。
講座開始から一年、開始当初はあまりにも強かった受講者の「語る」ことへのとまどい。それを少しずつ越えたところに見えてきた生々しい戦前・戦中体験、その時期に形づくられた価値観、その価値観で戦後社会を生きる上での葛藤、自分より先に亡くなった同時代者への思い、などなど。講座からは、支援者である私たち自身が、「人間が生きる」ということの重みを、受講者お一人お一人の生き様から学んでいます。
講座の記録集「臥竜梅」第1号
表紙の絵は受講生の方によって描かれた広瀬川(霊屋橋)
地元社会教育施設との
協働でめざすもの
一般に加齢というと「衰退」の側面をイメージしがちですが、生涯発達心理学では、①加齢は必ずしも衰退のみをもたらすものではなく、むしろ加齢によって獲得される能力があり、生涯発達とはそうした「喪失」と「獲得」の混じりあったダイナミズムであること、②こうした高齢期の発達には、学校教育などで流通する標準的な知よりも、人によって異なる「非標準的な生活経験の持ち方」の影響が大きいこと、などが明らかにされています。私たちが目指すのは、こうした高齢期における発達の鍵となる「非標準的な生活経験」こそが大事にされ、意味づけを深められる空間です。
歴史的には、ライフレビューという学習方法はかつて、「生い立ち学習」「生活史学習」など、多彩な形態で各地の社会教育施設で取り組まれていたのですが、今ではごくわずかにしか見られません。私たちがこの取り組みを大学のみで閉じず、地元の社会教育施設と協働で取り組むのは、こうした学習方法の復権とその現代的普及を図りたいとの思いからです。
なお、このプロジェクトには、多くの中国人留学生が加わってくれています。数年かけてみんなでノウハウを確立・共有し、いずれは、中国にて同様の講座を実施し、異なる社会特性のもとでの加齢の持つ意味をとらえ返したいと考えています。
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