ボールパーク、アメリカでは球場をこう呼びます。ゲームの日には広大な駐車場でバーベキューを楽しみ、それから地元チームのプレーに声援を送る。さて、そのアメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーは、スタンフォード大学を知の中核とするハイテク産業の集積地です。最近、東北大学からも研究成果をもとにしたベンチャーが興っています。ここではシリコンバレーでのベンチャー挑戦の経験から、ベンチャーにとっての地域のサポートについてお話しさせて頂きます。
私が電気通信研究所でレーザーの研究に取り組んでいたある日、シリコンバレーのベンチャーから一通のメールが届きました。曰く「わが社は超高速光通信用のシステムを開発しており、その実現のためにお前に参画してほしい」。この誘いを受けて、これは自らの研究を社会還元するチャンスだと思い、また研究室の伊藤弘昌先生からは「いずれはその経験を日本のために役立てるように」と励まして頂き、渡米することになりました。
ベンチャーはなかなか厳しく、ギリギリの資金繰りの中で、実験や計算を繰り返しながらの製品開発はストレスも大きいものです。一方で、多くの国から集まったチームメートと成功をめざす連帯感こそがベンチャーの醍醐味だと思います。しかし、ここ数年の光通信関連産業の変化は激しく、私たちの開発製品はマーケットのニーズと合わなくなり投資が途切れたので、会社を畳むことになりました。
シリコンバレーでは、ベンチャーの創業・廃業はいつものことですが、我が身のこととなると心細いものです。そのときに色々な支えがあるのがシリコンバレー。例えば仕事を探すには、スタンフォード大学の知り合いが情報を教えてくれたり、現地で働く日本人のネットワーク組織(JTPAやSVJEN)で相談もできます。またアパートの隣人や大家さんは、「ベンチャーは何回もチャレンジするものだよ」、「会社の失敗はあなたの失敗じゃないわよ」と励ましてくれるだけでなく、大家さんは家賃への心配り、隣の家族からは食事の差し入れと、何かと気にかけてくれました。
シリコンバレーでベンチャーが盛んになったのはこの50年、そこから大きく育った企業もあります。私がベンチャー挑戦を通じて感じ続けていたのは、シリコンバレーでは「地域としてベンチャーを支えることは地域のためにもなる」という理解が育まれ、人々の間にしっかりと根付いているということです。長い実学の伝統を持つ東北大学からは、これからますますベンチャーが興るはずです。そのときには仙台の皆さんの暖かいサポートをよろしくお願いします。と言っても難しいことではありません。楽天が負けても負けても応援するような気持ちで、ベンチャーとその挑戦者たちを見守って下さい。そのことが、仙台という大きなボールパークに集い、伸び伸びとプレーするであろう若者たちにとって、地元からの何よりの声援になるはずです。
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