からだの時計を飼いならす

中尾 光之=文
text by Mitsuyuki Nakao

 

体内リズムとは?
 ヒトは、ほぼ24時間の周期を持つ体内時計、およびそれによって駆動される多くの体内リズムに従って生活していることが知られています。睡眠・覚醒リズム、体温リズム、各種ホルモンの分泌リズムなどはその代表格です。このような体内リズムは、さまざまな身体機能や脳機能と関わりを持っていることが知られています。
 健康な状態では、外界の明暗サイクルと体内リズムとの位相関係が保たれています。夕方に体温の最高点が現れ、睡眠中に最低点を迎えます。また、体温の最高点から下降する位相で入眠し、最低点の位相から上昇しかけたところで覚醒します。
 このような外界の明暗サイクルと体内リズムの秩序だった位相関係は、放っておけばそうなるというものではありません。これには2つの要因が関わっています。1つは体内時計が光に対する感受性を持っているということです(光同調因子)。もう1つは、体内時計の位相が、私たちがどんな時間帯に睡眠し、活動していたかに依存して変化するということです(非光同調因子)。体内リズムは、それぞれの因子に感受性を持つ2つの“振り子”によって支配されていることが分かっています。

図の説明
時差飛行のシミュレーション(24時間単位のラスタープロット)最上段の図はラスタープロットの読み方を説明しています。一本の時間のテープに睡眠期間と覚醒期間を順次マークしていきます。それを24時間ごとにカットして、2日分を隣合わせに、下には1日ごとに並べてあります(2重プロット)。24時間ごとにカットしてあるのでそれより長い周期を持つリズムの位相は右下に、短い周期の場合は左下に流れていきます。下の2段がシミュレーション結果です。午前7時出発では位相変化の方向が逆になっており、午前11時出発では同じ方向に変化していることが分かります。睡眠時間帯が飛行後、左にシフトしていることから分かるように東方飛行では明暗サイクルや生活時間帯が位相前進します(体は夜だと思っているのに外は明るくなっているというような状態)。

モデル化による体内リズム適応プランのデザイン
 2つの同調因子に対する感受性が誤って作動してしまいかねないことから、発電所の労働者、トラック運転手、看護師などの交替勤務者や国際線乗務員の方々の体内リズムは、放っておけば、その秩序を保てなくなってしまいます。その対策の一つは、交替勤務や時差飛行の際の環境の変化に対応した体内リズムの変化を予測し、適切な就労スケジュールをデザインすることです。以下では、そのような動機から、私たちが行っている体内リズムのモデル化研究(リズムを数学的に表現してコンピュータ上で動かしてみる)の一端を紹介します。
 読者の方々は、時差ぼけを経験されたことがあるでしょう。時差ぼけとは、出発地と到着地の時差のために到着地の明暗サイクルや生活時間帯の位相が出発地のそれから大きく隔たっており、体内リズムがそれに適応するまでにさまざまな身体的不調を感ずることをいいます。現地の環境に体内リズムが適応し、再び一定の位相関係を確立することを「再同調」といいます。同じ目的地へ飛行するとしても、うまく再同調できるような飛行スケジュールが存在するなら、その方が身体的な負担も軽減されることが期待されます。
 そこで、さまざまな飛行スケジュールでフライトした時に体内リズムとそれを支配する“振り子”の位相がどのように変化するか、予測してみます。
 体内リズムのモデルを構築し、東方飛行のシミュレーションを行った例を図に示します。時差11時間の東方飛行(ニューヨークあたり)では午前7時くらいに出発すると、異なる“振り子”の位相変化の方向が逆になっていることから、ひどい時差ぼけが引き起こされ、午前11時くらいだと、変化方向が同じであることから、軽い時差ぼけですむことが分かります。これにより、ニューヨークへは朝っぱらから出かけるよりは、ちょっと遅めが良いだろうということになるのです。
 このような時代に、生物としての特質である体内時計を持ちつづけることは、意地悪なパラドックスであるとすら思われます。ここで紹介したようなモデル化研究が、このパラドックスの解消に役立つことを願ってやみません。


なかお みつゆき

1956年生まれ
現職:東北大学大学院情報科学研究科 教授 
専門:バイオモデリング論

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