プリオン病ってどんなもの?

北本 哲之=文
text by Tetsuyuki Kitamoto

稀な病気で、感染症。

 プリオン病がここまで有名になったのは、多分にBSE(牛海綿状脳症、いわゆる狂牛病)の影響が大きいようです。私が仙台に赴任してきた1995年当時、研究している病気がクロイツフェルト・ヤコブ病というプリオン病であると紹介して、理解していただけるヒトは限られたヒトだけであり、しかたなくアルツハイマー病に似た痴呆症を研究していますと説明したものであります。
 このエピソードから、プリオン病が痴呆を引き起こすことはおわかりになったと思いますが、実はアルツハイマー病とは全然違う側面があることを次に説明しなければなりません。プリオン病は、ヒト(動物)からヒト(動物)へ感染する感染症なのです。

どんな感染症?
蛋白質が感染の本体

 感染症といえば通常、細菌・ウイルスなどが病原体として出てきます。長年私たちを苦しめた結核や赤痢は細菌が原因であり、エイズや鳥インフルエンザはウイルスが原因であります。細菌もウイルスもそれぞれ固有の遺伝情報を持っており、核酸(DNAやRNAなど)を有しているのです。
 それでは、プリオン病はどうでしょうか?プリオン病の原因は、核酸ではなく異常になった蛋白質と考えられているのです。蛋白質が、感染症の原因物質であるというのは、全く新しい概念の病気であり、この概念を打ち立てたプルシナー博士は1997年ノーベル医学生理学賞を受賞しています。

蛋白質が感染の原因であればどんな点が違うの?
消失させにくい感染力

 細菌やウイルスでは、遺伝情報を壊すような熱処理や紫外線処理で簡単に滅菌・殺菌できます。しかし、蛋白質が原因のプリオン病は、熱に強く紫外線処理しても感染性は落ちません。つまりは、滅菌・殺菌方法が違うのです。
 BSEの問題がおきた時によく質問されましたが、「感染性のある牛を焼いたり、煮たり料理すると安全ですか?」という問いには「NO」と答えるしかありませんでした。蛋白質だから熱に強いという意味ではありません。
 卵の蛋白質は100℃で簡単に変性して、ゆで卵になります。しかし、コラーゲンなど繊維性の蛋白質は熱に強く、100℃でも変性しません。筋肉についている腱などが、このコラーゲンより構成されるものです。プリオン蛋白が異常型になると、アミロイドという繊維を構成するようになるので、熱に強くなるのです。

BSEはどこから来たの?
ヒツジのスクレピーが原因

 日本でBSEが発病してから、急に肉骨粉(にくこっぷん)という言葉が有名になりました。子牛を生んだ母ウシのミルクは牛乳としてヒトが消費するので、子牛を育てるためには蛋白製剤が必要だったのです。この蛋白製剤として使われたのが肉骨粉でした。ウシ、ヒツジなどの脳・脊髄が含まれた材料から肉骨粉が作られ、子牛に与えられたのです。
 英国ではヒツジのなかには、スクレピーというプリオン病が潜在的にあり、一番最初はこのスクレピーから由来したBSEが発病したのだろうと考えられています。しかし、途中からはBSEとして適合した肉骨粉ができますので爆発的にウシに広がったと考えられています。BSEが最初に報告されたのは1986年でした。それからわずか7年後の1993年には年間3千6百頭ものウシがBSEに罹患したのです。

ウシからヒトへの感染成立
vCJDの登場

 英国では、長年スクレピー存在のもとでもヒトのプリオン病(CJD)の増加は認められませんでした。これは、ヒツジのプリオン病(スクレピー)からはヒトのCJDに感染が成立しない、つまりヒツジとヒトの間には種の壁が存在することを意味します。これに甘んじていたのが、初期のBSE対策です。スクレピーはヒトには感染しない、よってスクレピー由来であるBSEもヒトには感染しないという論理でした。しかしながら、BSE出現から丁度10年たって、英国でおかしなCJDが出現しました。vCJD(バリアント型CJD)の登場です。vCJDの特徴を挙げておきましょう@若年発病のCJD、A脳波異常が見られない、B臨床経過が長く、鬱病で発病することが多い、Cリンパ系臓器に異常プリオン蛋白が沈着する、という4つの特徴があります。

リンパ系臓器と異常プリオン蛋白
濾胞樹状細胞(FDC)

 1990年、それまでの異常プリオン蛋白の検出感度を著しく上げる方法を開発し、CJD感染マウスの脾臓で異常プリオン蛋白の蓄積する細胞を同定しました。濾胞樹状細胞(FDC:follicular dendritic cells)という細胞でした。
モデル動物での検出に成功した私たちは、FDCがヒトでも関わっていると思いCJDを中心に検索したのですが、陰性でした。その後、FDCはヒツジのスクレピーで報告され、さらに驚いたことにヒトのvCJDで報告されたのであります。早速、WHOで会議がありFDCに関する論議がなされましたが、その他のCJDでは陰性でありvCJDに特徴的であることが確認されました。

BSEの恐怖
本当に怖いのはこれから

 BSEの発病は英国で低下しています。日本をはじめ米国と地理的には広がっていますが英国ほどの濃厚汚染は今後もありえないでしょう。問題は、BSEではなくヒトのvCJDでしょう。ヒトのvCJDは、英国に滞在していた外国のヒトから発病者が出ています。アジアでは、香港で発病例が存在します。なぜ問題かというと、中枢神経系以外のリンパ系の臓器に異常プリオン蛋白が存在するからです。FDCに異常プリオン蛋白があるということは、循環血液中にも少量だといえ感染因子が存在する可能性があるのです。事実、ヒツジにBSEの脳を摂取させ、まだ発病していない潜伏期間にその血液を他のヒツジに輸血したところ、輸血を受けたヒツジがBSEに感染したのです。また、ヒトのvCJDを発病する前のキャリアーから輸血を受けた患者がvCJDを発病しています。つまり、ヒトのvCJDには少なくとも血液を介した二次感染が存在するのです。

取りうる対策はあるのか?

 プリオン病を分類すると、3つに分かれます。@百万人に1人の割合で発病する、原因不明の弧発性プリオン病、A遺伝子の異常で起こる家族性プリオン病、Bヒトや動物から感染によって起こった感染性プリオン病と3種類です。
 このうち当分根絶できそうにないのが原因不明の弧発性プリオン病であります。これは、世界中に存在し原因不明であるので今後も一定の割合で発病するでしょう。次に、家族性プリオン病は現在の医療で根絶可能でありますが、倫理的問題点をクリアーしなければなりません。そして根絶しなければならないのが感染性プリオン病です。
 感染性プリオン病には、わが国では硬膜移植後のCJDがあるし、vCJDも感染性プリオン病に含まれます。異常プリオン蛋白汚染を高い感度で検出し、この汚染物を我々のライフスタイルから除外できれば感染性プリオン病は根絶可能となります。我々の取りうる対策は、この一点に集中すべきなのです。


きたもと てつゆき

1956年生まれ
現職:東北大学大学院医学系研究科附属
   創生応用医学研究センター長教授
専門:神経病理学



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