身近に使われているMEMS
具体的な例では、最近の持ち運べる小形のビデオプロジェクタに使われるDMD(ディジタル・マイクロミラー デバイス)と呼ばれるチップがあります。これは、DLP(ディジタルライトプロセッシング)と表示された製品に使われているものです。チップ上に動く鏡が百万個程並んでいて、それに光を反射させるとパソコンやテレビの画面をスクリーン上に映すことができます。それぞれの鏡の下には駆動用の回路が集積化されていて、静電引力で鏡を高速に動かしています。
新しい自動車は全てエアーバッグが装備されていますが、これには衝突を検出するための加速度センサーが使われています。この加速度センサーのチップは回路を集積化することによって小形で安価なものになっており、最近はテレビゲームのボクシング用グローブや釣り竿などにも使われています。
動きを知るマイクロ慣性センサー
加速度と同時に回転(角速度)を感じることができる高性能のマイクロ慣性センサー(図1)を、企業と共同で開発しました。角速度を検出して向きを知る道具はジャイロと呼ばれ、簡単なビデオカメラの手振れ防止に使うようなものには振動ジャイロ、高性能な船のナビゲーションに使うようなものには回転ジャイロが使われてきました。
図1のものは小形の回転ジャイロで、シリコンのリングが静電引力で浮上して毎分一万二千回転で回り、この回転軸に直角の2軸廻りの角速度を高精度で検出します。デジタル制御で浮上させる時に3方向の加速度も同時に測れます。MESAG(マイクロ・エレクトロスタティカリー・サスペンデド・アクセロメータジャイロ)という商品名で製品化が進んでいますが、これは人間で言えば三半規管にあたるもので、ロボットなどに自分の姿勢を感じながら動き回れる機能を持たせることができます。
なお、研究室では小形で大容量高出力の電源をめざして、企業と共同で超小形のガスタービンエンジン発電機を開発しています。これと組み合わせれば自律的に長い時間動き回れるロボット、あるいはナビゲーション機能が付きバッテリー切れの心配をしなくてもよい電動車椅子なども夢でなくなります。
次世代のハードディスク(高密度記録装置)として開発されている、多数のプローブで同時に記録・読出を行うマルチプローブデータストレージを紹介しま
しょう。これは図2のような構造で、プローブ がガラス基板上に多数(32×32)配列されており、並列で高速に記録や読出を行うものです。プローブには先端が30nm(10万分の3ミリ)のヒータが作られており、それぞれのプローブからの配線はガラスに貫通させた配線を通して裏面に取り付けた駆動用の集積回路に接続されています。
情報の記録媒体はプローブの間隔分だけ動く必要があるので、それを動かす一体型のXYステージも製作しました。これを用い、書き換え可能な光ディスク(DVDRAM)に使われている相変化記録媒体に現在の100倍ほどの高密度で記録することに成功しています。なお、これに類似した構成で、それぞれのプローブから放射させた電子ビームを集束させて集積回路の微細パターンを高速に描画する装置も開発しています。
この技術は小形のものや安価なものを作るのが得意です。図3は毛髪の太さ程の極細血圧センサーで、光ファイバー先端に付けた薄板が血圧で変形するのを光学的に検出するものです。安価で使い捨てが可能ですので、器具を通して病気が感染するような心配もありません。
これは血管内に挿入して使うものですが、脳の奥にある患部などにこのような器具を導入できるようにするため、自分で曲がる機能などを持つ能動カテーテルの開発も行っています。これによって、他の組織にできるだけ損傷を与えない低侵襲の手術が可能になりつつあります。
我が国の半導体産業は国際競争力が低下し雇用も減少する中で、多様化したシステムLSIに活路を見出そうとしています。最初に紹介したDMDや集積化加速度センサーのように、MEMSは言わば付加価値の高いシステムLSIであり、日本の半導体産業が変って行く一つの方向です。このため百社ほどの会社が研究室に人を派遣し、1年から2年滞在して共同研究や技術移転を行ってきました。
終身雇用で人の移動が少なかった我が国では、大学に派遣した後で別の会社に転職することが少ないため、このように会社が大学へ人を派遣する形で産学連携が行われてきました。競争関係にある会社でも研究室ではオープンに協力し合うことでやっています。しかし、せっかく開発しても量が少ないために採算が合わず、製品にはそれほど結びついていないのが現状です。
このため仙台市の秋保に大学発ベンチャーの会社を作って、試作開発や少量MEMS製品の供給を行っています。事務室や応接室は使わなくなった民家を利用し、中古設備を利用したり大学と協力することなどで固定費を切り詰めた効率的な運営を行い、極端な小ロットの製品供給を可能にしました。会社から大学に来ている受託研究員がこの会社に行って、評価用に必要な数のサンプルを製作したりしていますが、このようなやり方は、洗濯機を持ってない人でもコインランドリーに行けば洗濯できるようなものです。
この分野では確実なニーズがあるため、民間ベースで健全にやっていくことができています。主要部品さえ供給できれば、既存の技術と組み合わせて新規性のある製品を作ることもできますが、これによってもの作りのハイテクベンチャーなども成り立つのではと考えています。また少量生産のニーズに応えていけば、その中から予想以上に大きなビジネスが成長することも期待できます。
産業の競争力が弱体化し雇用を確保できなくなれば、技術は流出し一層国際競争力がなくなります。我が国の持つ多様なハイテク技術を組み合わせた多品種少量生産は、日本の生きる道の一つですが、これには研究開発の効率化が大切です。企業が豊富な情報を持てれば、他社と競合しない独自性や競争力のある製品を作ることができるだけでなく、研究開発の効率も上がるはずです。このため大学はもっと産業界への情報提供に貢献すべきではないかと考えています。
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