脳科学レポート
脳を知り、脳を守り、脳を育てる
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私たちが、見たり聞いたり動いたりできるのは、脳が働いているからです。考える、これも脳の働きです。今、この冊子を手に取って読んでいるのは、皆さんの脳が皆さんに命令をしているのです。このような脳の働きを知り、最終的には脳と心の関係を解きあかそうとしているのが、脳科学と呼ばれる学問です。最近では、生きている人間の脳の働きを、画像で見ることができるようになってきました。その結果、私たちの脳を活発に働かせて、脳の老化を防いだり、脳を発達させたりするためには、どうしたらよいのかが、少しずつ明らかになってきました。
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脳の中の脳、前頭前野 脳の中の脳、前頭前野 脳を健康に保ったり、脳を元気に発達させるためには、どうしたらよいでしょうか?脳も身体の一部です。身体の筋肉でしたら、毎日運動をして鍛えればよいと、すぐに考えつくと思います。脳もまったく同じです。脳をたくさん活発に働かせることで、元気で健康な脳を作ることができるのです。 脳は、大きな一つの塊ではなく、異なった機能を持ついくつかの領域に分かれてます。その中の1つに、額のすぐ後ろ、脳の前の方にある前頭前野(ぜんとうぜんや)と呼ばれる場所があります。 前頭前野は、記憶や感情の制御、行動の抑制など、さまざまな高度な精神活動を司っている、脳の中の脳とも呼ばれている重要な場所です。実は、脳を健康に保ち、元気に発達させるためには、この前頭前野を常に刺激し、活性化させることが一番大切なことなのです。 それでは、私たちがこれまでに行ってきた「脳の働きをみる」研究の中から、私たちの前頭前野をたくさん活動させる作業は何であるかを、考えてみることにしましょう。 脳の働きをみる
自分の脳を守り、育てる これらの「脳の働きをみる」研究成果から、私たちは、自閉症をはじめとする認知発達障害を持つ子供たちに、読み書き計算といった基礎的な学習を行わせることによって、彼らの前頭前野を活性化し、さまざまな症状を改善するのではないかと考えました。発達障害を持つ子供たちにとっては、成長した後に社会に出るために、他者とのコミュニケーション能力や身辺の自立が重要です。これらの能力は主に前頭前野によって司られていることが、他の「脳の働きをみる」研究によりわかっています。 基礎的学習が、算数や国語といった個々の学習を進めるだけではなく、前頭前野を活性化する効果により、コミュニケーションや身辺自立能力を改善するとの仮説を証明するために、第一次調査として、自閉症の子供たちに、初等教育初期の学習を積極的に行わせている教育団体の協力を得て、子供たちのコミュニケーション能力、身辺自立の能力と学習の関係を調査しました。その結果、わずかの症例の検討ではありましたが、算数学習が進むにつれて、言語的、非言語的コミュニケーション能力、食事や衣服の着脱といった身辺自立度が向上する傾向があることがわかりました。 また、現在、私たちは、高齢者介護施設の協力を得て、軽度の痴呆を伴う施設入所者を対象に読み書き計算の基礎的学習を行なわせて、対象者の日常生活動作や前頭前機能にどのような変化が生じるのかを検討し始めています。最新の脳科学研究から得られた仮説が、実際に高齢者の脳の健康を維持・増進することに有用であることを証明していこうと考えています。 読書や計算が非常に効率的に脳、特に一番大切な前頭前野を活性化することから、たとえば毎日、新聞を小さな声で音読するなどの工夫が、高齢者の脳機能の低下を防ぐ、非常に簡便かつ有効な方法になるのではないかとも考えており、私たちはこれを脳のウェルネス運動として提唱をしています。 |
かわしま りゅうた
1959年生まれ
現職:東北大学未来科学技術
共同研究センター教授
専門:脳科学