民法の規律している内容
 毎日の暮らしのなかの多くの行動、例えば商品を購入したり、交通機関を利用したりする行動は、約束とその履行として行われるものです。これらは法律的には契約と評価される行為であり、私法が定めた規律に従って行われています。契約の他にも、他人の持ち物を壊したり人を傷つけたりしたとき(不法行為)の賠償責任についても、私法である民法が定めています。ただし、それらの規定は、商品を購入すれば引き替えに代金を支払う義務があるというように、たいていは当然の内容を定めた規律であるために、代金の不払いや商品の欠陥などのもめごとが起きない限り、自分たちが従っている法律の存在はそれほど意識されません。といっても、順調に契約が履行されるときでも、実は民法の条文が働いているのです。
 私法は、人と人、市民と市民の間の権利義務関係を規律しています。私法の基本法は民法です。民法は、先に述べたような財産的な契約や不法行為の賠償責任を規律するばかりではなく、夫婦や親子の間の権利義務関係、相続や遺言についても定めています。広範にわたる内容の詳細な規定から構成される民法は、それらをすべて対等で平等な個人の間の権利義務関係として規定しています。契約の当事者が弱い立場の者である場合には、民法の対等原則を修正する特別法が立法されることがあります。労働契約についての労働法がその古い例ですし、昨年立法された消費者契約法はその最新の例です。しかし、これらの修正法も含めて、人々の関係を詳細な権利義務のルールによって規律するという民法の考え方は変わっていません。

民法のルーツ

 民法は、ローマ時代から長い年月をかけて公平な権利義務のあり方を体系化してきた法です。ローマ法は、売買をはじめ、生活の中で紛争が生じがちな人々の間の関係について、実に見事なルールの集積を作り上げました。
 ローマ法のルールの多くは、そのまま西欧法に引き継がれ、実は、現在の日本民法も、その多くの内容がローマ法のルールと同じものです。売主や買主の権利や義務をどう規律すれば公平なものになるのかということは、ローマ時代から現在まで案外変わらないせいかもしれません。あるいは基本的なルールは決まっていることに意味があるのであって、それゆえに受け継がれてきたという側面もあるのかもしれません。例えば、左側通行というルールは、左側である必然性はありませんが、決まっていることが大切なように。

民法の存在意義

 日本は、明治時代のはじめに民法というルールの体系を西欧法から継受しました。明治時代に民法を立法したときには、「妻が夫に、子が親に権利を主張できるなどとは、日本の醇風美俗に反する」と強く反対され、対抗措置として教育勅語運動が始められました。しかしその後の日本の近代化の過程において、民法の存在は大きかったと思われます。
 群れとして生きる人間の社会では、人と人との間の争いが必然的に生じます。そのとき力の強い者が弱い者を押さえつけて平和をつくるのではなく、平等で公平なルールによって平和が保てるのであれば、それは人間の社会に幸福をもたらします。ローマ法以来の民法は、それを可能にした人類の偉大な発明品といえるでしょう。
 人権や平等という原則も重要ですが、それを暮らしのなかで本当に実現するためには、短い言葉による原則ではなく、複雑で細かいルールの確実な積み重ねが必要です。そこにこそ、民法の存在意義があるのです。



東北大学出版会だより

 東北大学出版会は年間刊行点数も10冊を確保し、重版点数も少しずつですが着実に増えています。今回はとくに最新刊4点と近刊1点をご紹介いたします。
 樋口晟子氏(東北福祉大学教授)の『家族と個人の相克―平等再考―』(3,000円)は、家族との関わりの中で男女の平等とは何かを問い、個々人の尊厳を守るところにその原点を求めています。東北大学名誉教授のお二人、細谷純氏の『教科学習の心理学』(2,700円)と北村晴朗氏の『全人的心理学―仏教理論に学ぶ』(3,000円)が相次ぎ刊行されました。教師と学習者の間の望ましい関わりを追究してこられた細谷氏の著書は、教育心理学研究や教育研究を志す方々の指針となることでしょう。北村氏は仏教の唯識心理学に範をとり、人間の個々の行動を全体的に解明することをめざす全人的心理学を提唱されています。タッド・ホールデン/阿部宏(お二人とも東北大学助教授)編著『記号を読む』(2,000円)は、日常生活のなかのさまざまな「記号」をキーワードに、言語・文化・社会を読み解こうとしています。加藤尚武氏(京都大学教授)編の『共生のリテラシー―環境の哲学と倫理』(予定価1,500円)は、「環境」問題に真正面から取り組み、「共生」という思想を軸に哲学・倫理学の立場から私たちの生き方に反省と分析を加えています。
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