シリーズ 代替エネルギー3
下水汚泥から水素エネルギーの開発

田路 和幸=文
text by Kazuyuki Tohji


はじめに

 地球温暖化などの問題を背景に、化石エネルギーに代わる新たなクリーンエネルギーの開発に関心が集まっています。その一つが水素エネルギーです。ここでは、下水汚泥が、水素製造の重要な役割を担える可能性について紹介します。
 この研究は、太陽光という無限に存在する自然エネルギーを活用して水素を製造することに加え、有害物質である硫化水素を水素の製造過程で分解し無害化してしまうこと、さらに副生成物として得られるイオウクラスターを汚泥に戻すことにより、水素の原料である硫化水素の増加と環境問題となっている汚泥の減少をもたらす可能性をも秘めています。つまり、環境の修復や資源の獲得など、大きな付加価値を併せ持つ水素製造システムと言えるでしょう。


半導体を使った水素製造の仕組み

 硫化水素を分解して水素を得るには、太陽エネルギーを利用できる半導体が必要になります。半導体に光が照射されると、生成した電子は半導体表面に移動し、溶液中の水素イオンと還元反応して、水素を発生させます。一方、電子が抜けたプラスの穴(正孔)は、溶液中の硫化水素イオンから電子を受け取り(酸化反応)ます。この酸化と還元を同時に起こすのが光触媒です。実際には、電子と正孔は再結合したり、触媒内部でトラップ(捕獲)されるという問題があります。この問題を解決するため、私たちは半導体と金属を結合させた独自の多層構造ストラティファイドを考案しました。


ナノテクノロジーの導入


 電子をすみやかに半導体表面に移動させるには、図1に示すような構造設計が必要になります。効率よく光エネルギー変換を行うために、半導体層を受光側に、金属層をその反対側に配置しました。このような構造を持つ光触媒を、ナノテクノロジーの力を借りて実現しました。図2に、この光触媒からの水素発生の様子を示します。私たちが行った机上の計算では、太陽光を用いて1m2当たり一時間で最大7リットル、平均で4〜5リットルの水素が得られます 。


イオウ循環による水からの水素製造

 硫化水素からの水素製造の場合、イオウ循環システムを構築しなければなりません。そうしなければ、発生水素と同量のイオウが廃棄物として残ってしまいます。このイオウを循環するために、汚泥中の硫酸還元細菌の生命活動エネルギーを利用します。すなわち、副生成物のイオウを再度、下水汚泥に投入して水素の原料である硫化水素を製造します。このイオウ循環システムが構築できますと、化学量の考え方に従えば、水素は水から製造したことになります。これらの技術を完成させて、下水汚泥から発生する硫化水素を利用した水素製造システムを次世代のエネルギー製造技術にしたいと思っています。

 

図1:ストラティファイド光触媒の概念と構造模式図 図2:アクリル製の筒に、塩化ビニル板の上に塗布した光触媒と硫化水素を溶かし込んだアルカリ溶液を入れ、太陽光を照射して水素を発生させている様子

とうじ かずゆき

1953年生まれ
東北大学大学院環境科学研究科教授
専門:環境物質科学
http://bucky1.kankyo.tohoku.ac.jp/index.html

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