自分自身がカギ―
 
暮らしを守るバイオメトリクス認証技術
青木 孝文=文
text by Takafumi Aoki


ご本人ですか?
 私たちの暮らしの中で、自分が本人であることを証明しなければならない場面は少なくありません。本人であることは自分にとっては明らかですが、それを相手に納得してもらうにはそれなりに工夫が必要です。例えば、免許証などを相手に見せて、その写真と顔が同じであることを示す必要があります。
 これと同じことを技術的に実現するのがバイオメトリクス認証です。指紋、顔、手の形、瞳の虹彩、網膜、手の静脈などの身体的特徴や、筆跡、音声などの行動的特徴をセンサで計測して、登録されたデータと照合することにより本人認証を行います。センサの低価格化などによって、私たちの身の回りに急速に普及しつつある技術です。

 

図1 共同研究で開発した
  一般住居向け指紋照合装置

自宅を守る―
実生活のセキュリティ
 これまでは、政府や企業などの重要な建物への出入りを管理するために、指紋や虹彩などの照合装置が用いられてきました。今後、これがマンションをはじめとする一般住居に広く普及することが期待されます。例えば、玄関の解錠に指紋照合を用いると、鍵やカードなどと違って紛失の心配がありませんし、手ぶらで外出することができて便利です。
 一般家庭向けバイオメトリクス製品では、幅広い年齢層の多様なユーザーにとって使いやすいという意味での「ユニバーサルデザイン」の視点が大切です。図1は、このようなコンセプトを具体化した指紋照合装置です。指紋の老化に強い「位相限定相関法」という照合方式を新開発することにより、手荒れのひどい人にも使いやすい製品を実用化しました

 

インターネットを守る―
情報世界のセキュリティ
 インターネットでもこれと同様な本人確認の技術が重要になっています。ネットワーク世界のユーザー認証では、パスワードやICカードに格納された秘密情報などが利用されています。しかし、これらが第三者の手に渡ると、他人が本人のふりをする、いわゆる「なりすまし」ができてしまいます。
 これを防ぐために、例えばICカードにバイオメトリクス認証機能を付加する技術が開発されています。少し専門的になりますが、PKI(公開鍵基盤)と呼ばれるセキュリティ技術体系とバイオメトリクス認証の連携が重要な研究課題になっています。

 

バイオメトリクスと人にやさしいコンピュータ
 私たちは、「位相限定相関法」と呼ぶ画像マッチング技術に基づく高精度なバイオメトリクス認証について研究しています。すでにご紹介した指紋照合のほかに、ごく最近になって、虹彩照合においても世界最高水準の識別性能を達成しました。
 さらに、位相限定相関法のおもしろい応用として、人間の顔の三次元形状を複数のカメラによって高精度に計測する技術を開発しています(図2)。顔によるバイオメトリクス認証では、これまで二次元の画像を用いることが多く、十分な安全性が得られていませんでした。これに対して、顔の正確な三次元データを得ることにより、高い精度で個人を識別できます。この三次元計測技術は、顔の表情の違いなども識別できるほどの性能をもっているため、近い将来、コンピュータに人間の表情を理解させることができるかもしれません。
このように、「バイオメトリクス」は、その本来の語意である「生体計測学」が示唆するように、コンピュータを人に近づけるためのインターフェース技術と位置づけることもできます。

図2 顔の3次元形状によるバイオメトリクス認証
(左:3次元計測システム 右:顔の3次元データ)

 


あおき たかふみ

1965年生まれ
現職:東北大学大学院情報科学研究科 教授
専門:コンピュータ技術とメディア処理
ホームページ:
http://www.aoki.ecei.tohoku.ac.jp/index-j.html

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