企業の地震対策とリスク管理
 
―宮城県内製造業における2003年の地震災害から―
増田 聡=文
text by Satoru Masuda


リスクを全社的に把握し、防災対策の体系化へ


 地震の度に指摘されてきた「想定外の事態」は、情報化や在庫・物流の効率化が進む製造現場では、操業停止による損失や取引関係を通じた被害の連鎖をもたらします。
2001年3月公表の日本工業規格JISQ2001「リスクマネジメントシステム構築のための指針」は、品質管理のISO9000ファミリーや、企業活動に伴う環境負荷の低減に向けたISO14000ファミリーと並ぶ、リスク管理の領域でのシステム規格です。従来の「行政の指示に従って事業所単位で行う」防災対策ではなく、企業経営に関わるリスク総体を全社的に把握し、防災を含む諸対策の体系化を促進させるための規格です。また、方針策定・実施から評価・見直しまでの過程を含みます。中でも地震対策では、事前(建物や設備の耐震化、対策マニュアル・復旧計画の策定・検証、教育・訓練)、緊急時(組織対応・事業継続計画、人命確保・避難、安否確認、情報収集・提供)、復旧・復興という時系列の検討が重要です。


立地地域内のリスク・コミュニケーションが重要

 特に東北地域への産業立地は、当初の基礎素材型から電気機械などの加工組立型産業へとシフトし、研究開発機能を強化する動きも見られます。それだけに、ハイテク設備の地震脆弱性も懸念されます。また、国内生産拠点の統廃合では、災害リスクの地域分散と被災時バックアップ体制が考慮されはじめました。
 宮城県における2003年5月と同七月の比較的大規模な地震では、製造業の被害自体は土木・農業・公共施設に比して必ずしも大きくはなかったものの、重要な教訓を残しました。それは、被災前から取引先あるいは立地地域の行政・住民との意見交換を進めておく、リスク・コミュニケーションが重要であること。また、IR(投資家対応)面からは迅速で正確な情報提供も求められるということです。

「震災シナリオ」を想定した対策の確立を

 以下、研究室で実施した企業アンケート(県内の精密機械・電気機械・一般機械製造業307社に対し04年2月実施、65社回収)をもとに、図表を参考にしながら宮城県の被害と対策の実態を紹介します。
 第1に、被害総額が10億円を超えるケースがあったものの、被害なしの割合は5月で65%、7月で85%でした。
 第2に、主な被害は、天井落下、壁・床の亀裂や損壊、機械の転倒・移動、設備備品の破損などでした。半数以上の事業所は地震後に何らかの防災対策を追加・改訂し、その対象は、建物・生産ラインや人的被害対策が中心です。具体的内容では、地震前から多かった防災訓練や連絡体制に加え、耐震診断・補強が増加しています。他方、対策を見直さない理由では「現状で十分、多大な費用」などが指摘されました。
 第3に、残念ながらJISQ2001のような考え方を75%以上の担当者が知らず、全社的なリスク管理体制がある事業所はわずか2社、検討中も6社のみです。事業所の地盤条件・建物構造・設備状況と県地域防災計画(震度分布図など)から定量的に実施可能な震災アセスメントは、「分工場であり本社と検討中、スタッフ不足」として全社未実施で、実施予定も3社に過ぎません。
 どのような被害があるのかを知らずに、費用対効果の高い対策実施は不可能といえます。先の地震経験は個別分野での地震対策を幾分前進させたものの、より広範囲に大きな被害をもたらす宮城県沖地震を考えると、「今回大丈夫だったから」という過小評価は危険です。製造業集積地を襲った今回の中越地震では、30%近い事業所で稼働率低下(新潟県調べ)となりました。改めて「地震は管理すべきリスクの1つ」と考え、起こりうる「震災シナリオ」を想定した対策確立が急務といえます。


ますだ さとる

1959年生まれ
現職:東北大学大学院経済学研究科 教授
専門:地域計画


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