[研究室からの手紙]
       
生命維持の機構解明が夢!
河野 雅弘=文
text by Masahiro Kohno

 “活性酸素”という言葉が使われ始めてから約20年が経過し、最近になって、健康、生活習慣病の予防や老化、炎症などとの関係からテレビや雑誌で取り上げられることが多くなりました。その内容をよく調べてみますと、“活性酸素を除去することが体によい”とされる間違った情報に踊らされているような気がします。このような弊害もありますが、一つの専門用語が日常生活の中で幾度も取り上げられ、科学研究の成果が身近な話題として語られることは喜ばしいことです。それだけ、社会的に関心が高いともいえます。
 活性酸素とは、生命の維持に必須である大気中の酸素がより反応性の高い酸素種に変化した化合物の総称で、4種類の活性酸素種(スーパーオキシドラジカル:O2-・)、過酸化水素:H2O2、ヒドロキシルラジカル:HO・一重項酸素:1O2)が知られています(図1)。これらの活性酸素種は、体の中で組織や細胞、蛋白質や酵素、DNAに損傷や障害を与えますが、その作用機構(反応機構)の全容には多くの謎があって、未だ解明されていません。しかし、最近では、その謎ときが進んでいます。

 例えば、人の体の中には、活性酸素を生成させる酵素が多く存在していることがわかり、代表的なものとして、キサンチン酸化酵素やNADPH酸化酵素が広く知られています。キサンチン酸化酵素は血液検査項目の中の尿酸と関係していて、酵素が活性化すると尿酸値が上昇すると考えられています。また、この酵素は、人の死因としてベスト3に入る脳梗塞や心筋梗塞などの発症機構に関係していることがわかってきました。一方、NADPH酸化酵素は、生命維持にとって大切な酵素の一つです。この酵素は、体内に侵入する微生物やウィルスを分解・除去する働きをしますが、働かないとさまざまな病気に感染することになります。また、この酵素が過剰に働くと、アレルギー疾患を発症するといわれています。他にも、肝臓にはp450と呼ばれる解毒作用を示す酸化酵素が存在しています。このように、生命維持の機構は活性酸素の生成機構を制御することによって保たれているのです。
 それでは、人体で活性酸素は生成させたらよいのでしょうか、除去したらよいのでしょうか、専門家でも意見の分かれるところです。残念なことに、現在の科学技術では、体内で生成する活性酸素を直接測定する手段がありません。そのため、どちらかの結論を導くに至っていません。ただ、体内の活性酸素生成を計測することができたら、病気を一掃できるのではとの夢を描く研究者はたくさんいます。
 私たちの研究室でも夢を実現するため、さまざまな研究が進めてられています。活性酸素は炎症性疾患である膠原病やアレルギー、虚血性疾患である脳虚血や心筋梗塞などに関係していますので、体内での活性酸素種の生成と消去を制御する方法や技術を開発することを最優先課題としています。そのため、研究室では、医学、理学、工学、農学などの幅広い分野の研究者が一つのグループとなり研究プロジェクトを推進しています。
 すでに述べましたように、活性酸素制御には体内情報を取り出す手段、計測方法の確立が不可欠です。その方法として、ゲノム・プロテオーム・メタボロームなど最先端の生体計測機器を使った網羅的な解析手法を導入し、活性酸素・フリーラジカルの生成に関係する生体指標を探索しています。
 私たちの研究室の特長は、多くの企業から研究資金の提供を受けて産学官の連携研究を進めている点です。世界競争の中で最先端研究を進めるには、多くの優秀な研究者と研究資金の確保が不可欠です。それを実現するため、大学と企業間の提携による新しい研究形態の構築を模索しています。当然ですが、大学も企業も科学の進歩によって社会的な貢献を目指そうとしています、その一方で、企業は多くの研究の成果を求めています。そのバランスをどのように取るかも、大切な研究課題です。
 将来、このプロジェクトの研究成果が各種疾患の予防や治療、生活習慣病の予防などに役立ち、高齢化社会に貢献できることを望んでいます。同時に、新たな産業の創生が実現し、地域社会に貢献できることを願っています。


こうの まさひろ

1947年生まれ
現職:理学博士,医学博士
   東北大学未来科学技術共同研究センター 客員教授
専門:磁気共鳴分光学(ESR)錯体化学、生物学
http://www.niche.tohoku.ac.jp/~genome/

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