シリーズ【ナノテクノロジー】1
ナノテクノロジーを利用して水素を作る


田路 和幸=文
text by Kazuyuki Tohji

環境にやさしく ハイパワーの水素
 水素は、「燃えると水になる」ように環境に影響を与えず、単位重量当たり石油や天然ガスなどの化石エネルギーの約3倍のパワーを持っています。また、燃料電池で電気に変換できるために、21世紀のエネルギーとして注目されています。
 しかし、それを安価に製造するには、化石エネルギーを熱で分解して作る方法が有力となっています。このように、水素はクリーンであっても、その原料は枯渇が心配されている化石エネルギーというのが現状です。
 ここで紹介するナノテクノロジーは、高性能光触媒の製造に利用したものであり、それを用いて太陽エネルギーによって有害物質である硫化水素を分解して水素を作ることを試みています。

水素発生量の向上へ ストラティファイド光触媒の創出
 硫化水素の分解反応は、半導体微粒子(触媒)表面で起こるために、表面積の大きなナノメートルサイズの微粒子が利用されてきました。しかし、粒子を小さくすればするほど、表面積の増加に伴いエネルギーギャップが広がります。すなわち、触媒反応に利用する電子を得るのに大きなエネルギーが必要ということになります。これは、太陽光の持つエネルギーを最大限利用するという目的に反します。さらに超微粒子になればなるほど取り扱いが困難になるといった欠点も生じます。
 そこで、ナノ粒子の大きな表面積という利点を活かし、先の欠点を克服した光触媒をナノテクノロジーで作り出したものが、ストラティファイド光触媒です。 

環境調和型エネルギーシステムの構築へ貢献
 図1は、ストラティファイド光触媒の電子顕微鏡写真とストラティファイド光触媒上での水素生成の様子を模式的に示したものです。この触媒は、ナノメートルサイズの硫化カドミウムナノ粒子が卵の殻を形成するように配列しています。このナノサイズの殻の厚みは、約10ナノメートルと薄いものです。このナノ粒子でできた殻の上で水素が生成します。このストラティファイド光触媒を硫化水素が溶解したアルカリ溶液に入れ、人工太陽光を照射します。図2は、人工太陽光の下で盛んに水素が発生している場面を写真に撮ったものです。


【図1】
ストラティファイド光触媒


【図2】
ストラティファイド光触媒から
水素が発生している様子

 この水素の発生量は、1平方メートル当たりの太陽光で、毎時約7リットルの水素が取り出せ、発生効率は従来の十倍以上と飛躍的に向上していることがわかりました。計算では、200平方メートルの水面があれば、電気への変換によって一般家庭一軒分の電力量が賄えます。
 こうして、環境問題を引き起こしている硫化水素を処理しながら安価にクリーンエネルギーを得ると言う、理想的な環境調和型のエネルギーシステムの構築が可能になります。
 このように、ナノ粒子を用いてナノを制御して配列させる材料創成は、ナノテクノロジーならではの成果と言えると考えます。さらに、同じ素材であっても配列を変えるだけで、飛躍的な機能の向上を得られるのもナノテクノロジーの魅力です。

硫化水素からの水素を作るメリット
硫化水素は水に比べ、その分解エネルギーが小さいために、太陽光を有効に利用できます。
水の分解では、水素と酸素が同時に発生するため爆発の危険が大きく、それぞれを分離するための大がかりな設備が必要となります。
分解エネルギーが小さいために塩素の発生がありません。(海水が利用できるなど、純粋な水を必要としません。)
環境問題を引き起こしている硫化水素を、資源に変えることができます。
余剰硫黄の有効利用法となります。
複生成物のイオウクラスターは、水中の重金属イオンの回収に利用できます。

 


とうじ かずゆき

1953年生まれ
東北大学大学院工学研究科教授
専門:素材機能工学、素材評価学


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