シリーズ「遺伝子」3
作物と遺伝子

西尾 剛=文
text by Takeshi Nishio

 作物と遺伝子という題名からすぐ連想される言葉は、「遺伝子組換え作物」でしょう。遺伝子組換え作物に関する本は多数出版されています。中には科学的に見てどうかと思うものもありますが、概して遺伝子組換え作物に対し批判的な意見が多いようです。

 

植物ゲノム研究と作物育種

 最近、種々の生物でゲノム(生物が持つ全遺伝情報)の研究がなされ、植物では、シロイヌナズナというアブラナ科の植物の研究が最も進んでおり、2000年12月にゲノムの塩基配列の解読がほぼ完了したとの報告がなされました。イネは、シロイヌナズナに続いて二番目に研究が進んでいる植物で、今年の4月に全ゲノムの93%を解読できたという発表がなされ、日本の研究機関が中心となっている国際研究グループも、今年中に精度のより高い塩基配列情報を公開する予定になっています。

イネの遺伝子を一部改変して導入し 作成した薬剤耐性組換えイネ


 植物のゲノム研究によって、種々の遺伝子の構造と機能の関係が分かり、それぞれの遺伝子がどのように働きあって成長を制御しているのかを統合的に理解できるようになるでしょう。また、植物特有の遺伝子にはどのようなものがあり、それらがどのように生じたかという進化の機構についても多くのことが分かります。このことは、科学の面から極めて興味深いことです。
 育種(=品種改良)は、このような植物科学の研究成果を人間社会に役立てる場面として大きな位置を占めます。病虫害に抵抗性をもたらす遺伝子が分かれば、それを取り出して病虫害に弱い品種に導入することで、抵抗性の品種が育成でき、農薬の使用量を減らすことができます。寒さや暑さ、乾燥などの環境ストレスに耐性の遺伝子が分かれば、同様にしてストレス耐性の品種ができ、不良環境条件でも安定した農業生産が可能になるでしょう。この他にもさまざまな可能性が考えられます。
 取り出した遺伝子を植物に導入して新品種を作り出すことは、正に遺伝子組換え品種を作り出すことです。植物ゲノム研究の成果を育種に役立てるためには、遺伝子組換え技術に伴う問題点の解決を図る必要があります。遺伝子組換え作物を食品として利用する際の不安の解消、遺伝子組換え作物の栽培が生態系に及ぼす影響の評価、また、海外の特許の制約を受けない独自技術の開発などが必要です。私たちは、食品として利用する際に不安が生じにくい遺伝子組換え技術の開発を試みています。

 

東北における食糧生産と 新品種の開発
 東北地方において、イネの冷害は大きな問題で、平成5年の冷害により国産米が手に入らずどの家庭でも長粒米を食べたことは、記憶に新しいところです。今でこそ、東北地方が日本の米の主要産地で、収穫量、単位面積当たり収量共に最も高い地域ですが、古くは冷害による飢饉がよく起こりました。育種と栽培技術の発達が冷害の回避に大きく貢献し、国や県の事業として冷害に強いイネ品種が作り出されてきました。
 このような品種は、メンデルの遺伝学に基礎を置く従来の方法で作出されました。この方法では、優良個体の選抜は主として外観や収量の評価により行われます。私たちは、ゲノム研究の成果を利用して、イネの主要品種の間にどのような遺伝子の違いがあるかを塩基配列レベルで網羅的に調べています。それらの品種の特性を決定する遺伝子が分かれば、その塩基配列情報で優良遺伝子を持つ個体を選抜できるようになり、育種がより科学的に効率良く行えるようになると考えています。

にしお たけし

1952年生まれ
現職:東北大学大学院
   農学研究科教授
専門:植物遺伝育種学


片平まつり2002の開催について
「片平まつり」は東北大学附置研究所等の一般公開を目的として一年おきに行われております。今年は開催年にあたり、10月12日(土)〜13日(日)の両日午前十時から午後5時まで、片平キャンパス及び星陵キャンパスにおいて研究施設等の一般公開・公開実験・ビデオ展示等を行います。それぞれの研究所でどんな研究が行われているのかをご理解いただく機会ですので、ぜひご参加ください。
●対象:小・中学生、高校生、大学生、一般
●会場:片平キャンパス(仙台市青葉区片平2−1−1

    =金属材料研究所・流体科学研究所・電気通信研究所・多元物質科学研究所・
    東北アジア研究センター 
    星陵キャンパス(仙台市青葉区星陵町4−1)=加齢医学研究所

記念講演会(流体科学研究所 大講義室にて)
10月12日(土)午後1時30分〜午後2時15分
 ◆「宇宙開発とロケットのはなし」
   宇宙開発事業団・角田ロケット開発センター 平田 邦夫 所長
10月13日(日)午前11時〜午後3時
 ◆「極北の牧畜と先住民の民俗知識 ―シベリア少数民族の伝統文化の現在―」
   
東北アジア研究センター 高倉 浩樹 助教授
 ◆「脳死と臓器の移植のはなし」
   加齢医学研究所 近藤  丘 教授
 ◆「し尿リサイクル文化史」
   多元物質科学研究所 平澤 政廣 教授 

●問い合わせ先:東北大学電気通信 研究所庶務掛
 TEL 022−217−5420
 http://www.tohoku.ac.jp/katahira/

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