これからのキャンパス創造の視点を求めて
世界の大学とキャンパス事情
杉山 丞
=文
text by Susumu Sugiyama
日本における大学の歴史は100年を少し過ぎたところですが、ヨーロッパでは900年、アメリカでも400年近い歴史があります。
これら数世紀をまたいで変化してきた「世界の大学」の過去・現在・未来を、都市との関係を切り口として駆け足で眺めてみたいと思います。
大学の始まりと都市とのつながり
世界最古の大学は、イタリアのボローニャ大学だと言われています。創立は実に11世紀末にまでさかのぼり、これにフランスのパリ大学が続きます。
大学の語源はラテン語で「教師と学生の集団」をさし、教会や広場、橋のたもと、修道院の回廊などの都市施設を利用して授業が行われていました。そして、この集団が都市から都市へと渡り歩くことによって、次々と新たな大学が都市の中に生み出されていったのです。
このように大学は始まりにおいて「都市に寄生する集団」と言えるものでしたが、次第に講義の場を街路に沿って集中的に賃借りするようになり、ついには、貧困学生の住居を学寮として整備するに至って、大学は初めて不動産を手にしました。
そして、寮内での復習や討議が大学教育の中心的活動となっていき、15世紀には大学での授業は、ほぼ全て学寮の中に移行していきます。
小都市と大学の混在・オックスブリッジ
オックスブリッジと総称されるイギリスのオックスフォード大学とケンブリッジ大学は、12世紀から13世紀にかけて、いずれもロンドンから100キロ程離れた田園都市に創設されました。両大学とも、14世紀中頃から学寮によって中庭を囲い込む形式が採用されはじめ、16世紀後半には全学的に普及していきます。
この学寮の構成要素は、居室、ホール(食堂)、厨房、チャペル、談話室、図書室などで、それまで都市機能に依存していた学生生活の大半が大学によって担われるようになりました。
学寮内で生活が完結するようになるにつれ、外の社会との断裂が表面化していきます。とはいえ、大学全体としては30前後という数の学寮(カレッジと呼ばれた)が小さな町一帯に拡がり、周辺には豊かな緑と美しい小川が流れ、商店街などの都市施設も共存するという、町全体がキャンパスであるかのような「大学都市」の原形と言えるものでした。
小都市としてのキャンパスの誕生
こうした「都市に混在していた」ヨーロッパの歴史的大学では、大学の領域を他の都市空間と区別して指し示す言葉はありませんでした。
キャンパスの語源はラテン語で「原っぱ」という意味で、それが大学の領域を言い表す言葉として用いられるようになるのは、18世紀以降のアメリカにおいてのことになります。
17世紀の清教徒革命によって、ピューリタンが北アメリカ大陸へ移住し始め、1636年には大陸最初の大学、ハーバード大学がボストン郊外の原野に創立されますが、大学はその原野の中に、必要な小都市を独自に建設していきました。このような郊外の大学用地を指してキャンパスという言葉が使われ始めましたが、郊外の都市化に伴い、都市の中での囲われた大学敷地に対しても使われるようになっていきます。
この小都市空間としてのキャンパスを、まとまった大学敷地の中に独自に作り出していったところに、アメリカの大学のほぼ共通した特徴が見られます。
18世紀から19世紀にかけて郊外の原野に創設された大学は、バージニア大学や、コーネル大学、スタンフォード大学、イエール大学など数多くあります。一方、フィラデルフィアのペンシルベニア大学や、シアトルのワシントン大学、ニューヨークのコロンビア大学など、大都市の都心部に生まれた大学もいくつかありました。
それらは「混在」に近い都市との関係でしたが、いずれも開学50〜100年程で大学成長の余地を確保していくことが困難になり、都心周縁部へとその敷地を移転していきました。そして、そこでやっと腰を据えて、「キャンパス」を作り始めることになるのです。
都市と大学の対立を超えて−アメリカ事情
20世紀になると、大規模なものでは人口6万人(東北大学で2万4千人)にまで拡大していったキャンパスが現れます。規模が大きくなるにつれて、いくつかの問題が生じてきました。その一つが交通問題です。
自動車の普及とともに、大学への通勤・通学に自動車を利用する者が激増。同時に周辺の都市化が進んだことによって、大学に起因する交通渋滞や駐車場不足などが、地域社会やキャンパス内部に深刻な影響を与えるようになってきました。
これに対して、例えばワシントン大学やスタンフォード大学では、大学中心部から自動車を締め出して歩行者優先エリアとし、無料学バスの運行、格安の公共交通定期券の導入、乗り合い乗車の推進など、あらゆる手を尽くして「家に自動車を置いてくる政策」を展開しています。
また、「新しい都市と大学の関係」を示唆する例として、ペンシルベニア大学の施策が注目されます。これは、都心周縁部にあるキャンパス周辺に学生や教職員が定住しやすいよう、さまざまな資金援助や住宅地開発を行い、街路灯や並木を整備。大型書店やホテル、レストラン、映画館などを誘致するといった、広域的なまちづくりを進めているのです。
と同時に、キャンパス内部でも、近隣住民が日常的に通り抜けることのできる、緑豊かな散策路を複数整備することなどによって、キャンパスとしての境界の見えない、周辺地域と一体となった、そして川を隔てた都心とも連続する「大学都市」を巧みに作り出そうとしています。
こうした、大学が地域社会と手を結びながらキャンパスを運営していく上で、重要な役割を果たしているのが「キャンパスマスタープラン」です。
もともとは、原野にどのようなキャンパスを作り出すのかという、目標としての姿を描いた空間イメージ図のことでした。が、今日では大学の現状分析から始まって、理念としての将来構想や交通政策、そして増築予定や緑化を主体とした環境整備に至るまでの「長期的な総合計画」を意味します。これを、広く地域からの意見を求めて作成し、しかも10〜15年単位で修正する。このような濃密な対話の繰り返しによって、地域とのバランスを積極的に維持している、というのがアメリカにおける大規模大学の現状と言えます。
これからのキャンパスのあり方
21世紀においては、文/理の再編成を含むダイナミックな学問分野の変革が予想され、異分野の刺激に満ちた総合的な教育の場の必要性からも、まとまりのあるキャンパスが今後ともますます求められていくものと考えられます。
ただし、これからは、閉じた小都市としての「キャンパス」を大学が独自に作り出していくのではなく、ペンシルベニア大学で見られたような、地域との境界の無い魅力的な「大学都市」を、都市計画や町づくりと歩調を合わせながら、地域と共同で作り出していく時代を迎えていると言えるでしょう。
すぎやま すすむ
1959 年生まれ
現職:東北大学大学院
工学研究科助教授
専門:都市・建築学