[研究室からの手紙]

補助人工心臓の開発動向

仁田 新一
山家 智之
text by Shin- ichi Nitta, Tomoyuki Yambe



心臓移植まで循環を維持するために
 東北大学はいくつかの臓器の移植指定施設として認定されており、加齢医学研究所附属病院で日本初の脳死肺移植が実現したのも、記憶に新しいことです。このような移植医療が普及することにより、ますます注目を集めてきているのが、人工臓器の開発と臨床応用です。
 移植医療の普及に伴って、移植までに傷害された臓器の機能を保ち、生命を維持させるために、人工臓器の応用はますます必要となっています。移植と人工臓器は、いわば車の両輪のような関係と言えます。
 現在、日本では、年間1800例の心臓移植の適応患者が発生しているという推計もありますが、心臓移植ができた患者さんは五例を数えるのみです。従って、移植適応患者のほとんどは、何らかの方法によって移植まで循環を維持する必要があります。
 ここで注目されるのが、補助人工心臓です。写真は、東北大学で開発された空気圧駆動型補助人工心臓です。流れの可視化によって、流体力学的に最適なデザインを行って抗血栓性を向上させ、無重力成型法で試作したシリコンボール弁によって、経済性も大幅に向上させたシステムです。これは、現在、臨床応用の段階にあります。
 日本ではこの他にも、東京大学と国立循環器病センターの2つの施設で開発された、空気圧駆動型補助人工心臓が臨床に使われています。

現在の主流は、空気圧駆動型
 このような補助人工心臓は、これまでに日本だけで400例を超える臨床応用が報告されており、大阪で心臓移植が行われた患者さんにも、移植心臓を待つ間は補助人工心臓の装着によって循環が維持されていました。補助人工心臓の適応は、このような移植待ちの方の他、心筋梗塞や心臓の手術の後の循環不全にも広く応用されています。
 しかしながら世界的に見ても、補助人工心臓の埋め込み後、補助人工心臓から離脱できるところまで心機能が回復する人は、適応患者の約半分であり、病院を退院するまですっかり回復できる人は、さらにその半分となります。従って、約70〜75%の患者さんは残念ながら最終的に長期生存することができません。といっても、心臓移植によって社会復帰することは可能です。
 心機能が回復せず、移植心臓も見つけられなかった場合には、次の循環維持手段が必要となります。そこで注目されるのが、完全埋込型補助人工心臓です。現在、広く臨床応用されている補助人工心臓は、空気圧駆動型が主であり、体外に小型冷蔵庫ぐらいの大きさの駆動装置が設置され、患者さんは空気圧駆動ラインによってこの駆動装置と繋がれて、いわば紐つきの状態とならざるを得ません。現実的にはベッドに寝たきりの状態であり、I C U (集中治療室)に収容されてしまうのが常です。
 そのため、駆動装置を含めて完全に体内に埋め込むことができる補助人工心臓が、欧米などでも開発されています。しかし、70kg 以上の体格の欧米人に埋め込み可能であることが開発目標とされ、体格の小さな日本人にどの位の割合で埋め込むことができるか、疑問視されます。

振動流式埋込型の研究・開発
 現在、東北大学では、全く新しいアイデアによる振動流式埋込型補助人工心臓の開発に取り組んでいます。このシステムでは、駆動周波数の増加によってシステムの小型化が図られ、体外から経皮エネルギー伝送システムを用いて電力を輸送することによって、完全埋込型のシステムを具現化しています。
 従来は欧米人の体格を開発目標にしてきましたが、世界人口の多くの部分を占める東洋人の体格に対応したシステムは、市場原理から言っても不可欠であり、アジア地域でも開発が始められています。
 人工臓器開発のテクノロジーでは、現在のところ日本に一日の長があり、わが国における埋め込み型補助人工心臓の、開発、臨床、商品化、そして市場事情が、注目を集める所以となっています。



にったしんいち
1939年生まれ
現職:東北大学副総長
専門:循環器病学、医用生体工学

やんべともゆき
1959年生まれ
現職:東北大学加齢医学研究所助教授
専門:循環器病学、人工臓器工学